テスト勉強という名目の読書は、静かな図書室にまで例外なく流れてくる、部活終了時刻を報せるチャイムの音により中断されることとなった。追い出されるようにして図書室を去ったわたしは、大人しく靴箱に向かう。上履きからローファーに履き替え校舎の外に出てみれば、未だ諦め悪く練習しているらしい野球部の掛け声が耳に届いた。それに何故だか胸を締め付けられながら、わたしは学校を後にした。
まだ夏も終わったばかりのこの時期。とは言っても、着実に日の入りは早まってきていて。下校完了時刻過ぎともなれば、学校から駅までを繋ぐこの道には、街灯とスマートフォン、それからたまに通り過ぎていく自動車以外にこれといった光源は見当たらない。要するに、暗いのだ。でもそんな中でも、視線の先に現れた蓮くんの背中はわたしには輝いて見えた。他の人のそれと見間違える筈がない。蓮くんはどうやら部活帰りらしかった。
抜き足差し足背後から忍び寄り、蓮くんの無防備なその背中に両手で突撃をかませば、蓮くんが不機嫌そうな顔でこちらを振り向いた。
「突然なんだよ」
「ごっめーん、蓮くんが見えたから、つい」
「ついって……ほんと、凶暴なやつ」
「えへへ」
わたしは、悪びれる様子なんて全く見せずに、蓮くんに詫びてみせる。それから、蓮くんが耳にはめている赤いイヤフォンの片方を颯爽と外し、許可を得ることもせずに自分の耳に取付け、蓮くんの隣に回り込んでやった。蓮くんの左耳とわたしの右耳は、イヤフォンのコードが描く赤いY字で繋がれることとなった。
「ねえ、見て見て。即席の赤い糸だよ」
「いや、突然奪い取るなよ!全く、傷害の次は窃盗か?」
蓮くんが、呆れた顔でわたしを見る。対して、わたしの顔には花が咲いた様な笑みが浮かんでいることであろう。
「そんな。合意の上ででしょ?って……この曲、もしかしなくても、ひながお勧めした曲?うそうそ、聞いてくれてたんだ」
イヤフォンから耳に流れ込んできたのは、心当たりのあり過ぎる音楽だった。先程もよほど緩んでいたに違いないわたしの表情が、限界突破してしまった気がしてならない。
「は?!おまえ、最悪。まじで最悪最悪最悪」
顔を赤くした蓮くんが、わたしの肩を掌で叩いてくる。地味に痛いけれど、蓮くんのすることなので許すしかない。
「あはは。ねえねえ。
何時も気にしてないフリだけど〜。……この歌詞の続き、覚えてる?」
わたしは、この曲のサビとなる部分の歌詞を、メロディーに乗せそれっぽく歌ってみせた。何時もつり気味な蓮くんの眉が、ここにきて更に傾斜を急にさせる。けれど、蓮くんは口を開いた。
「……ほんとは君のこと誰より愛してる」
そうして、棒読みには違いなかったけれど、確かに歌ってくれたんだ。
「え、絶対言ってくれないと思ってた。これ最近聞き始めた曲だからとか、絶対言い訳するものだとばかり」
わたしは、あまりの驚きに早口でまくしたてていた。
「おま、こういう時は素直に喜ばねえのかよ!」
蓮くんの突っ込みは、ごもっともなものであった。
「うーん?嬉しいよ!とっても!ただね、ただね……」
わたしの声色は、普段の2割り増しに高くなっていたことであろう。さっきの言葉なんて、言ってしまえば、ただの照れ隠しだった。胸がいっぱいいっぱいで、反応に困ったのだ。頭が愛おしさに支配されていく感覚というのを、わたしはあの時初めて知った。


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