ツンとした臭いが充満する部屋の真ん中に、少し離れて二つの椅子が向かい合わせに設置されている。動かないように床に固定されているソレに、銃を持った女と、その女の恋人である男が座らされていた。
男は取り乱し先程から力の限り暴れていて、コンクリートが剥き出しのこの部屋に叫び声が響く。女は恐怖からかひたすら泣き叫んで、わたしに助けを求めている。
助けを求めているということは、死にたくないということ。それなのに、目の前の男を撃とうとしない女に首を傾げずにはいられなかった。たった、二択。たった、それだけだ。こうなってしまったのも、すべてこの世界の在り方のせい。選ぶ自由を奪った、シビュラシステムのせい。
「助けてほしいの?」
「っ!」
「だったら、早く彼を撃ちなよ。そうしないとわたしは二人とも殺しちゃうよ」
「いやああああっ!助けて!お願いっ!!」
「...ねぇ、彼に銃を渡したらどうなると思う?」
そう女に問いかければ、男の叫ぶ声は止んだ。視線を男に向けるとあからさまな表情を浮かべて、期待したようにわたしを見つめる。女も気付いたようだった。
先程よりも青ざめて歯をガチガチと震わせている。
「い、いや...」
「彼はアナタを撃つと思う?」
「かっ、貸せ!銃を...!俺はその女と違って、
アンタの言う通りに選んでみせる!」
男と女には、わたしを撃つという選択肢はないらしい。極限状態で決まった数の選択を迫ると、人はそれ以外の選択肢はないのだと勝手に解釈してしまう。焦り、恐怖、怒り、絶望、それらの感情は何よりも人間に備わった最大の武器だ。それ故に、リスクは多いが。
大人はよく「こうするしかなかった」「選択肢がなかった」「」
違う。選べなかったわけでも、選ばなかったわけでもない。決められた道しかないと、シビュラシステムを過信するが故に選択肢を見出すことができなかっただけだ。
「そうだね、じゃあアナタに銃を渡すよ」
暴れだした女の手から銃を奪って、男に手渡した。瞬間、
男は意外と賢かったようだ。
「...残念。せっかく、選ばせてあげたのに。さようなら」
「な、なに―」
「終わったのかな」
「槙島さん...」
「ああ、酷い血だ。キミの死にたがりも、大概にしておいたほうがいい」
「槙島さんには...言われたくない、です。わたしよりもよっぽど死にたがりのくせに...」
「はは。僕が死にたがりだって?」
「死に向き合うことでしか、生きてるって実感できないじゃないですか。あなただって、わたしと同じ...ただの弱い人間です。何も特別なものなんて備わってない」
「キミくらいだ。僕に、そんなことを言うのは」
そう言って、血の海に横たわるわたしを見下ろす。まるで自分自身を看取るかのように、そこに立っている。彼のパトロンや
「あらら、またですか」
「グソン...さん」
「お嬢さんしっかりしてください。歩けますか?」
「は、い。いつもすいません...」
「謝るくらいなら、もっといい方法考えて欲しいですねぇ。別室で観察するとか、銃を固定するとか」
「グソンさんって、変」
「お互いさまでしょうに」
「でも、わたしグソンさんのこと嫌いじゃないです」
「...そうですか。そりゃあ、光栄だ」