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2016.05.26 Thu

◆A 御幸
以前murmurで上げていたトリップものの残骸


 青春時代をやり直したい、そう思った回数は枚挙に暇がない。小学中学高校と友人に恵まれ、意見が合わず時折言い合いはあったものの派手な喧嘩までとは至らなかったし内部分裂もなかった。漫画等でよくある"虐め"とは無縁の生活を学生時代ずっと送ってきたと思う。高卒で進んだ職場も、仕事内容はきついもののやっていて楽しかったし直属上司は厳しいが先輩達は優しく良い人ばかりでパートのおばちゃんとも仲は良好。順風満帆な生活を送っていた。
 それでも。
 職場が遠いため入った寮。忙しなくあっという間に過ぎていく時間。へとへとになって戻る暗く冷たい部屋。友達となかなか合わない休日。希望していた部署と違う仕事。
 時折思う、私は何がしたかったんだろう。
 不満は無い筈だった。ミスして怒られたことも決して少なくはないけどそれでも辞めようとは思わなかったのはなんだかんだでこの仕事を気に入っていたから。当初希望していた部署と違う配属になっても、こっちの配属先で良かったと数ヶ月も経てば思うようになった。
 それでも、時折思う。
 地元を親元を離れ、希望した部署と違う仕事をして、私は何がしたかったんだろう。
 青春時代をやり直したい。友達と遊んで、ファミレスで勉強会して、あの頃が一番楽しかった。代わり映えの無い日々だと思っていたけれどそれが一番キラキラと輝き充実していた日々だった。
 あの頃に戻りたい。左手にコンビニ弁当をぶら下げ帰宅した部屋に入って思う。実家に帰れば温かい声と共に手料理が待っていた過去とは違うと。あの頃をやり直したい。そしたら今よりましな選択を選んでいる。
 仕事着であるスーツを乱暴に脱ぎ捨てて布団に倒れ込む。横眼で狭い6畳を眺めた。連勤続きで碌に掃除も出来ていないなあ、嗚呼ゴミが溜まってきてるかも。あ、やばい寝落ちしそう、その前にシャワー浴びなきゃ。でも面倒だ。否、化粧くらいは落とさなければ。
 やるべき事は次々と浮かんでくるのに躰が動かない言うことを聴かない。なんとか手繰り寄せたバッグから携帯を取り出してアラームを確認する。何時もより40分起床時間を早くして、そこまでが限界だった。ぷつりと電池の切れたロボットのように意識が落ちて。


 ふと眼が醒めた。ぼんやりとした視界で白い天井を少し眺めて、仕事だと弾かれたように飛び起きる。やばい、結構室内が明るい今は何時だと電源を入れて確認すると5時38分を指していた。良かったギリギリ間に合いそうだと胸を撫で下ろす。アラームが鳴らなかったことは不本意だが烏の行水程度ならシャワーを浴びれる時間はあるとベッドのスプリング音を立て起き上がる。其処で違和感に気付いた。
 ──ベッド?
 慌ててぐるりと部屋を見渡す。白い壁白い天井ピンク色の女の子らしい掛け布団の乗ったベッド。勉強机に白いローテーブル。キャラメル色の本棚。シンプルでよくありそうな洋室。見覚えなんて無い、此処は何処だ。誘拐? いやいやまさか。
 兎に角、現状把握しなければと手近にある携帯の電源を入れる。ロックを掛けていないようで良かったとセキュリティーに頓着していない持ち主に感謝しながら通知領域にある日付を確認。現在時刻は05:42。20XX年8月15日。
 ──どういうこと。
 私が記憶している限り半年以上日付が違う。設定をタップし日付と時刻を開いてもネットワークから提供された時刻にチェックが入っている為、この日付で間違いは無いのだろう。ブラウザで検索しても同じだった。茫然と画面を開いたまま停止して。
「寝よう」
 連勤続きで疲れてるんだよと呟いてベッドへとUターン。もぞもぞと掛け布団で頭を覆い隠し眼を瞑る。次起きたら戻っていますように。そんなことを願いながら温かいベッドの安らぎに誘われるように意識を手放した。


 ピロリンと甲高い通知音に引きずられ覚醒する。良い眠りだったのに妨害する奴は誰だと恨めしく思いながら誰何を問う為に画面を見て眼を瞬かせた。
 SMSのメッセージ画面に綴られた名前は"御幸一也"。その名前に見憶えがあるのかと問われたら勿論と深く頷くくらい、私は彼を知っている。
 とあるスポーツ漫画の登場人物。高校二年生野球部主将にして正捕手。179cmという長身に端正な顔立ち、 穎脱した野球センス、料理の才能。神は二物も三物も与えたキャラクター。この漫画の玄関マット沼と呼ばれ、初見は総じて彼に落ちることに定評のある。かく言う私もその内の一人であった。アニメ二話で坂道を転がり落ちるように沼へと沈み込んだ結果、専門店へ行けば社会人の特権とばかりにグッズを買い漁り一心不乱にガチャを回しBOX買いの有志を募りロット買いし、彼に貢いだ金額は計り知れない。聖誕祭時にはデコレーションケーキと共に今まで集めたグッズで彼の祭壇を作った。
 閑話休題。そんな彼の名が何故私の画面に表示されているのか一瞬考えて直ぐ結論へ至る。
 突然だが、皆さんはSMSの相手の名前を何と表示しているだろうか? 電話帳と同期しているなら電話帳に登録している名前が表示されるだろう。だが、便利なことに表示名を変更することが出来る。これは、自分の使っている端末に表示される名前を変更するだけで相手に通知なんていかないし知り合いに名前のかぶった子が居てもどっちがどっち、と区別しやすく出来るしはたまた嫌いな奴の名前を悪口にだって変えることが出来る。
──そう、これを利用すれば憧れの漫画のキャラとまるでお話しているような錯覚に陥ることが出来るのだ。
 生憎とこれ以上黒歴史を増やしたくない私に試した覚えは無いのだが、実際これが表示されているとなると一時のテンションで親しい友人の名を変えてしまったのかもしれない。何時の間にしてたっけなあと記憶の淵を辿り、漸く気付いた。
「戻ってない!!」


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