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2016.05.26 Thu

◆A 御幸
以前murmurで上げていた収集つかなくなったもの


 ふわふわ。きらきら。
 御幸に近付く女の子達は皆、そういった擬音語の似合う可愛らしい或いは綺麗な女の子達。顔面に化学物質を塗り固め躰に鼻をつく芳香化合物を纏わりつかせて口唇に紅い合成着色料をぷっくり彩る彼女等は御幸に気に入られようと躍起になっているようだった。膝上20cmから覗く日焼け止めを施した御陰で白い太腿は厭に艶めかしいしブラウスのボタンを外した隙間から垣間見える鎖骨はそれだけで食指が動く、らしい。私には分からない。がそうだとクラスの男子が囃し立てていたのをちらりと聴いた。
 御幸に近付く彼女等も同じで、数々の武器を駆使して彼に取り入ろうとしている。例えばそれは甘い猫撫で声だったり、器用に動く表情筋であったり、白いブラウスを押し上げる双丘だったり、太腿から脹ら脛にかけての柔らかい曲線であったり。そしてそれらは一切私が持っていないものだった。

「御幸くん」
 柔らかい声が高いソプラノ音が彼の名を呼ぶ。その声に反応してスコアブックから顔を上げる御幸は一瞬眉根を顰めた如何にも面倒臭いといった表情をして、彼を呼んだ声の主を見ると直ぐ消えた。なに、から始まりごめんね今ちょっと良いかなという通例のやり取りを二言三言交わして席を連れ立つ。ひらりと翻るスカートが歩く度ふわふわと白い生足を覗かせた。その後ろを行く御幸も、やはりああいう子が好みなのだろうか。過ぎった甘いベリーの香水が鼻に染み付いたように思えて振り払うように机に突っ伏せた。囂しい教室じゃ、二人が席を外したことも、私が寝ている振りをしても誰一人それを目敏く咎める人は居ない。これ幸いと思考の海へ抛ち視界を閉ざす。
 昼休みは、長い。

 がたりと椅子の引いた音に浮遊していた意識が引き寄せられる。緩慢な動きで顔を起こして音の方向──前を未だ覚醒しない頭で見やると御幸が席についたところだった。起きた私に気付いたのか茶髪を揺らして振り返る。
「ははっ、阿呆面」
「うるさい」
 開口一番に貶されたので突っ慳貪に返しまた伏せようとしてストップ、と掌を眼前に突き出され阻まれた。
「涎付いてる」
「えっ、うっそ」
「嘘じゃねーよ。 ほらここ」
 御幸の豆だらけで節榑立った親指が伸びて口許をなぞる。そのまますっと左下を拭い汚ねえ、と私の制服の襟に擦り付けた。なにしてくれてんだ此奴。
「おいコラ、汚い言うならやんないでよ」
 不機嫌を滲ませた声音で抗議すると、蛍光灯でテカってんのが気になってと飄々とした態度で言う。
「ハンカチくらい私だって持ってるっての」
「えっ、お前が? いつの間にんな女子力身に付けたの」
「失礼な。 女子力(物理)かますぞ」
 右拳を振り上げて言うとこえーとけらけら白い歯を見せて笑う御幸に毒気を抜かれ溜息を吐いて拳を下ろす。
「……さっきの子、隣のクラスで結構可愛いって有名な子でしょ?」
「ん? あー、そだな」
 どうでも良さそうに返答する御幸に内心ほっとした。用件は?と当たり障りのない声音で問うと分かってんだろ、とぶっきらぼうに返された。
「今月何人目? 女の子泣かせの罪な男だね」
「さあ? いちいち数えてない。 それに泣かせたくて泣かせてるわけじゃねえし」
 本当は知っている。今月で四人目だ。御幸が野球部の新主将になってから格段に増えた。相変わらずぼっちだけど。
 それを差し引いても、野球部新主将という肩書きに加え、端正な顔立ちと長身は御幸の性格の悪さを覆い隠してしまうらしい。御幸に告白する女の子は後を絶たないので倉持と一緒に、刺されてしまえと呪詛のように唱えている。
「いい加減身、固めないの?」
「この歳で固めてたまるかよ」
 それもそうかと呟いて「私も彼氏ほしいわー」と椅子に凭れ掛かりぼやいてみる。それを聴いた御幸の眉根がぴくりと動いた。
「なに、お前彼氏とかほしいの? んな性格で?」
「うっさい、御幸に言われたくないわ」
「はっはっは、告白されるようになってから言え」
 その言葉にぐうの音も出ずムカつく、と口腔で苛立ちを転がす。分かっている。自分が彼氏とか作るようなタイプでは無いことを。化粧は七五三でやった以来だし香水なんて物も生まれて一度も付けたことも無い。口紅(と言っても良いものか)なんて冬場、口唇が乾燥するのを防ぐ緑色で有名な某薬用リップクリームのみ。なんという化粧っ気皆無。日焼け止めは流石に塗るがそれも最低限度であるしスカートなんて面倒だから曲げない。真面目と言えば聞こえは良いが身形に気を遣わない、と言われれば何も言い返すことが出来ず。
 そんな私が学校屈指のモテ男、御幸一也と普通に会話しているのは私と彼奴が幼馴染という間柄に他ならないからで。
「#name#に彼氏なんていらねーよ」
 は、と思わず素っ頓狂な声が上がってしまったのは致し方ないだろう。そんな私に、頑是無い幼子に言い聞かすように一言一句切ってもう一度言った。
「だから、#name#に、彼氏なんていらねーの」
「や。 なんでそれ、御幸が決めんの」
 意味分かんないと続けた言葉に御幸は視線を逸らしながら「……幼馴染だから?」と何故か語尾を上げた疑問系で答えられる。幼馴染は関係無いだろう。
「人権って知ってる?」
「馬鹿にしてんのか」
「いいじゃん、私だって青春したい」
「イケメンな幼馴染と青春してんだろ」
「どこが!」
 そこまで言い合ったところで咽喉の渇きを覚えた。はあ、と息をついて机の横に下げているサブバッグに手を伸ばし感覚で漁る。あれ、ない。何処やったっけ。面倒くさと呟いてサブバッグを机上に置いて探そうとすれば御幸がすかさず自分のバッグから差し出したそれに阻まれた。
「ん」
「あんがと」
 受け取ったスポーツドリンクのペットボトルに口を付け嚥下する。その様を便所から帰ってきた倉持が苦虫を噛み潰したような、眉根を酷く顰めた表情で見てきた。何だよ言いたいことあるならはっきり言えや。
「お前らって偶に気持ち悪いことするよな」
「失礼な。 気持ち悪いのは御幸でしょ」
「イケ捕と呼ばれる俺に向かってその態度はあんまじゃねーの」
 御幸の言葉を無視して倉持にどういう意味よと詰め寄ると「自覚なしかよヒャハハハ」と特有の甲高い声で笑われた。


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