「──裏切り者!」


 ともすると、鼓膜を突き破るんじゃないかと思うくらいの罵声ではっと眼が醒めた。肩を上下させながら短く息を吐き出していたのを落ち着かせるように深く息を吸って、吐く。額にじわりと嫌な汗が浮かぶのが不快で乱暴に拭った。
 嫌な夢を見た。否、違う。あれは現実だった。紛れもなく私自身が引き起こしたことだ。裏切り者だと罵られる所以も。
 だが、もう今は関係ない。関係のないことなのに過去はこうして、今も私を苛んでいく。

 嗚呼、そういえば彼の人かのひとはこれが私の罰になるからと言っていたっけ。

 己の欲のために世界を捨てた罪人わたしの。

 ▲▼

 ポケモンの強奪なんて容易く行える。何故なら、ポケモンの技を使えば良い。泥棒、欲しがる、トリックなどを使えばあっという間だ。誰の眼に留まることなく、誰にも悟られることなく静かに実行出来る。
 態々、目標の前に現れ名乗りを上げて強奪するなんて馬鹿らしい。顔を覚えてくださいと言ってるのと同義だろう。特徴的な団員服に身を包んだ仲間に視線を向け小さく溜め息を吐いた。
 今、私の眼前ではまさにロケット団員によるポケモンの強奪が行われているところである。哀れ、犠牲となってしまったのは称号、ピクニックガール。
 返して! と喧しいほどに泣き叫んでいるが泣く子も黙る血も涙もないロケット団員にそんな言葉は響かないようでシニカルな笑みを湛えるだけだ。……やば、眼が合った。

「あ? 何見てんだ、テメェもこうなりてえのか?」

 その言葉に首を横に振って視線を逸らす。ピクニックガールが助けを求めるように私を見つめているが無視だ。
 不干渉を決め込んだ私にそれで良いんだよ、と団員が言葉を吐き捨てる。私服だから致し方ないのかもしれないが仲間の顔も知らないのだろうか、この団員は。どこのどいつだ、新入りか? それに規律に違反して──。

「アンタらそこで何してんだ」

 突如、険悪な雰囲気を断つかのように上空から声が落ちてきた。ジョウトに住んでいるのなら、テレビやラジオで必ず聞き覚えがあるであろう声色。はっと宙を見やれば逆行で表情は見えずらいがピジョットに乗った特徴的な髪型をしたトレーナーがこちらを見据えていた。
 ああ、嫌だな、と思わず乾いた笑みを浮かべる。出来れば、今このタイミングで会いたくなかった。最悪のタイミングだ。ポケモンを強奪された少女がいて、強奪した本人と、一見無関係そうなトレーナーだが実は強奪した本人とお仲間である私。
 そして、カントー地方最強のジムリーダー。
 軽やかにピジョットから飛び降り綺麗に着地を決めたグリーンはピクニックガールを庇うかのように前へ出る。思わぬ邪魔者にたじろぐロケット団員と、己の危機に駆け付けてくれる少女漫画の王子様を見るような濡れた瞳のピクニックガール、そして、ただ道路を歩いていただけなのに仲間が捕まりそうな場面プラス戦うには分の悪い相手に遭遇した、本日非番の不運なロケット団員こと私。
 最悪のタイミングでしかない。ジムリーダーは国際警察と同様の権限を持つ。つまり、犯罪組織であるロケット団を取り締まれる立場にいる。イコール、哀れ、新入りはここでロケット団としての役目を終えることとなる。
 ……なーんてことにもならないんだな、これが。

「なっ……! アイツどこに行った!?」

 全く、本当に便利なものだ。ポケモンの技で仲間が逃亡する手助けまで出来るのだから。

──テレポート。

 主に戦闘時の脱出や、空を飛ぶ要員がいない時のポケセンまでの移動手段として使用されるが、私の使い方は専ら緊急時の脱出である。
 私の手持ちであるユンゲラーが記憶している場所はチョウジタウンのロケット団アジト。つまり、先程の新入りは何が起こったのか分からず、アジトでぽかんとしていることだろう。全く、下っ端の単独行動は違反だというのに。休日に尻拭いさせられる私の身になってほしい。
 悪ぃ、取り返せなかったと彼が悪いわけでもないのに謝罪しつつ座り込んでいたピクニックガールに手を差し伸べたグリーンは、カイリキーを繰り出すと彼女を抱えさせ街の方角へと去っていく。事情聴取だろうか、ポケモンを盗まれた上当時の状況を話さないといけないだなんて大変だなと他人事のように思いながら私も立ち去ろうとした瞬間、肩を押さえられ動きが止まる。

「悪ぃがアンタも証人として来てもらうぞ」

 ……マジで?


 嘘を隠す最良の方法は真実の中に嘘を混ぜることである。
 私はたまたま通りすがっただけで事件の全貌は見ていない、私が見たときには彼女はポケモンを盗まれた後だった、と前置きしてから強奪したロケット団員の顔はああだの確か手持ちは何を連れていただの情報を提供していく。真実の中に少しの嘘を混ぜ込んで。
 何か指摘された時には、記憶違いだったかもしれないです、とでも言えば良い。巻き込まれたくなかったからしっかりとは見ていないと。傍観者は罪となり得ない。

 一通り話し込み解放された時には一時間強が経過していた。私の貴重な休日を返してほしい。
 ご協力ありがとうございました、と掛けられた声に軽く会釈して早々にその場から立ち去り、コガネシティの喧騒を横切って地下街へと向かう。本当はコガネ百貨店で買い物をしたかったが為の外出だったが、それよりも優先しなければならない用事がある。


 カツカツと七センチのヒールを苛立たしげに鳴らしつつ薄暗い廊下を闊歩する。休憩室と貼られたドアプレートの取っ手を回して目的の顔を探す。……居た。強奪したポケモンが入った、モンスターボールを投げて遊んでいる馬鹿面下げた男。

「ねえ、」
「あ? ってテメェはさっきの、……なんだロケット団だったのかよ」
「下っ端の単独行動・独断専行は許可されてないんだけど。一体、誰の許可を得てあんな行動起こしたわけ」

 突っ慳貪に問い掛けた私にはっ、と息を吐き捨て相手はせせら笑う。

「はあ? 俺の行動にいちいち許可なんていらねえだろ」
「ここは組織なの、規律があるのは当然でしょうが。入団した時に読まなかった? ……君みたいに単独行動されちゃ迷惑被るのは他の団員なんだけど。現にジムリーダーに見つかってヤバそうだったのはどこのどいつ?」
「……あんな奴俺のポケモンでボコボコに、」
「無理だね」

 すっぱりと一刀両断した私に男の剣呑な視線が突き刺さる。一気に険悪な雰囲気と化した休憩室に他に喋っていたはずの団員もいつの間にやら静かになっていて私達の動向を見守っていた。

「見たところ君の手持ちは精々二十五、いっても三十止まり。一般人相手なら十分だろうけどジムリーダーを相手にするならあと二十は必要だよ。それに、手持ちの数も三匹じゃ心許ない。戦いは単純に数が多い方が有利」
「だからあの場から逃してやったのに、感謝の一言もないわけ?」

 あのテレポートはテメェのか、と呟いた声に君の手持ちにエスパーはいないでしょ今更気付いたのと呆れた声を出す。

「余計な世話だった」
「……へえ、あのままブタ箱に連れて行かれたかったんだ。とんだ物好きが居たもんだね」
「一体何を騒いでいるのです」

 一触即発の雰囲気を引き裂いたのは鋭い声。振り返れば下っ端の団員服とは違う黒装束。ランスさん、と名前を呼べば私を見た彼が訝しげに眉根を寄せた。

「貴女は。……確か今日は休暇を与えていたはずですが」
「休暇中、そこの団員が単独行動を取った挙げ句ジムリーダーに見つかっていたのを発見したので報告に」
「成る程、その男の処罰には私が対応しましょう。報告書と振替休日の希望を速やかに提出して下さい。今日は休日出勤として手当てをつけます」
「ありがとうございます」

 来なさい、と男に鋭く声を掛けドナドナされていく様子を見届けながら報告書と勤怠届を書き上げる為、休憩室の片隅に置いているPCの前へ座った。


 外へ出た頃には二時間が経過していた。お昼を疾うに過ぎていて昼飯を食べてなかったと自覚した途端、空腹感に襲われる。ポケセンに寄りワンプレート500円のランチを注文して漸く一息ついた。
 折角の休日を無駄にしてしまった。休日出勤手当てを貰え、今日の休暇分を別日に振り替えられるから良いものの、前々から休日を楽しみにしていた身としてはがっくりくるものがある。コガネ百貨店での買い物、ラジオ塔での収録見学、……あ。

「忘れてた」

 思わずぽろりと零れたがピーク時は過ぎて人も疎らなイートインスペース、私の独り言に訝しげな顔をする人はいない。だからこれ幸いと、最悪だという嘆きも続けておく。
 今日はカントー地方在住のジムリーダー、グリーンが自身のパーソナリティを務めるラジオ番組の収録に来ていて、とあるコネで現場見学出来る権利を掴み取ったのに。最悪だ、収録はもう終わっている。そういや、グリーンがあの道路に降りてきたのもきっと移動中に眼についたからなのだろう。放浪癖があるくせにこういう時だけきっちり仕事をするのは如何なものかと思う。
 私がラジオ塔に行こうとしていたのはお察しの通りグリーン目当てだが、そういう点では先程のエンカウントで達成しているような、否、でも折角だから仕事中のグリーンも見てみたかったような、否、しかしさっきのグリーンはある意味オフの姿でレアなんじゃ、と悶々としながらポケギアを取り出す。
 表示された画面には着信が数件あることを示していた。恐らく、時間になっても顔を出さない私を不思議に思って掛けてくれたのだろう。申し訳ないことをした、と思いながら掛け直す。三コール目で出た相手に今回の件を謝罪しつつ思わぬトラブルに巻き込まれた旨と少しの談笑をして切った。
 さて、ポケセンで休むにはまだ時間はあるしどう時間を潰そうか。

 チョウジタウンからコガネシティまで飛行技で約一時間。コガネシティに着く頃には夕方に入る時間になる。そこから買い物となるとあまり楽しめない気がして本来の目的であったショッピング案は没。次の機会にしよう。
 と、なれば選択肢はバトルしかない。いかりの湖に足を運んだ私はそこに居たトレーナーに話し掛け金を巻き取っ、げふん、賞金をいただいていく。
 お守り小判のお陰で潤った財布をバッグに仕舞いながらみなもが揺れる様子に眼をやった。

(赤いギャラドスが現れるのはいつだっけ?)

 怪電波の影響で湖に異変が現れ、結果色違いの赤いギャラドスが生まれたこの場所。知識・・として知っていても、明確な日時までは分からない。だが、その日だけはなんとしてでもアジトに近付かないようにしなければ。
 四天王ワタルと、只今絶賛旅の途中である少女コトネちゃんが遊びなぐりこみに来てしまう。私の目的を果たす前にブタ箱行きだなんて勘弁願いたい。
 なら、後ろめたい犯罪組織から足を洗えば良いんじゃないかと思うだろう。ところがどっこい、この世界に私の身分なんて有りはしないからまともな職に就けないんだな、これが。水商売か、犯罪組織かで悩んだ私は、ポケモンも手に入るというロケット団を選んだ。

 どうせ、解散するんだし。

'16.10.11(‘17.09.10 rewrite)

罪状、一

AiNS