マリナと別れた私は114番道路へ向かう。チルタリスの背に乗り、目紛るしく過ぎていく景色を俯瞰しながら溜め息を吐いた。

(アクア団とマグマ団の動きに気を付けて、か)

 私の始まりの場所である114番道路の付近には流星の滝がある。本編でもエピソードデルタでもイベントの発生する重要な場所だ。確か本編は団員の下っ端と幹部相手にタッグバトルを挑み、その後団のリーダーと会話をして博士を連れ街に移動。エピソードデルタでは流星の民と話をしていたけど本当にあんなところに人が住んでいるのか疑わしい。
 この世界がリメイク版アルファサファイア・オメガルビーだということは、この世界に来てから半年もしない内に判明したからゲーム通りにいけば流星の民は存在しているはずなのだが私が流星の滝を訪れた際、住処へ繋がるような抜け道は発見出来なかった。探し方が悪いのだろうか、だがあまり迂闊な行動を取れば怪しまれる。流星の民の存在は未知数、ゲームではお婆さんとヒガナしか出て来なかったが現実世界となった今、流星の民が二人だけというのは流石にないだろう。ある程度存在していると仮定したなら、私はその残りの流星の民を判別する術を持たない。故に流星の滝に来たなら彼等の監視の眼は常にあると思わなければ。嗚呼、今はそれプラス、アクア団とマグマ団の眼もある。団員達が古代ポケモン復活の為、情報収集に奔走していることだろう。

(やりづらいことこの上ないな)

 煙突山の噴煙が上がるのを横目で見送りながら着実に近付く目的地に思いを馳せてはげんなりとした面持ちで前を見据えた。


 数刻して目的地に降り立てば、旧態依然としているこの場所はあの日と同じで静かに私を迎え入れる。風に揺らめく草木も澄むような青空も何一つ変わらない。強いて挙げるとするならば私の格好くらいだろうか。
 チルタリスから降り岩肌に足を付ければ固い感触が跳ね返る。流星の滝に続く山道は山男でも疲れるくらい長く険しい場所であるとマップでは説明されているがゲームではそう感じなかった。しかし実際、その場に立ってみるとなかなか手厳しい山道だ。そう好んで訪れようとする者はいないだろう。流星の滝へ向かうなら115番道路から向かった方が効率的である。カナズミシティも近い。

「さてと」

 チルタリスをボールへ戻し代わりにマッスグマを解き放つ。現在時刻は十五時半、いくら夏で陽は長いとはいえどあまりもたもたしていられない。

「ちゃっちゃと始めましょっか」


 ▼▲

 捜索してから一時間。歩き回り額に汗を浮かべた私の頭には、何の成果も得られませんでしたなんてフレーズが過ぎる。何もない。あるのは大自然と時折出てくる野生ポケモンと落とし物のアイテムのみ。異国語で書かれた魔法陣やら怪しげな石盤やら謎の発光体なんてあるはずもなかった。私が最初立ち竦んでいた場所も異世界から人が飛ばされてきたなんて思えないただの畦道でしかない。

「無駄骨かあー」

 片手でスマホの画面を操作する。アルバムのアプリには私が此処に来た当初、撮影した写真が詰まっていた。その画像を拡大し何か変わっているものはないか見比べながら捜索していたが私の思惑を外れ、手掛かりは何もない。溜め息を吐き手早くリュックへと仕舞い込む。人目のつく場所ではないが念には念を、別世界の文明が見つかってはまずい。
 連れ歩いていたマッスグマが元気を出してとばかりに擦り寄ってくる。その頭を撫でることで応えつつ私の視線は洞窟へ向けられていた。

(……一応、あそこも見てみるか。もしかしたら水面が光ってそこに飛び込めば戻れるとかあるかもしれないし)

 自分で想像しておいてどんな中二病だとせせら笑うが足先を目的地へ向け一歩踏み出す。
──流星の滝。私が転移したのはあの場ではないが物語の鍵となる洞窟。エピソードデルタでも再び訪れる場所。勿論、其処に訪れるのは初めてではない。過去に不自然に思われない程度に間隔を空けて訪れ、見て回った。前回訪れた日時を考えて、大丈夫だろうと踏む。こんなところ、そうそう来るわけでもないから一応見ておくに越したことはない。

「いっそのこと、異世界転移ものに付き物の自称神様とか居てくれたら話が早いんだけどな」

 終ぞ他力本願になるくらいには私も疲れているらしい。思えば、私は緊張感を解いたことがあまりない気がしてくる。例外は一人になれる秘密基地か。街中に居れば浮いてないか、人と違うことをしていないかと他人の眼が気になるし会話をする時だって言動に気を付けながら当たり障りのない言葉を並べるのに頭をフル回転させている。そりゃ疲れるってもんだ。
 さっさと調べて何もなければ基地に戻ろう。そう私は決心して流星の滝へ続く洞窟への入口を潜った。


 夥しい量の水が激しい音を立て落ちていく。いつ見ても圧巻されるこの景色は向こうの世界にあればパワースポットとして崇められていたことだろう。さり気なく滝から眼を背け辺りへ視線を走らせる。……見える範囲に団員はいなさそうだが、奥は分からない。ポケモンを鍛えにきたただのトレーナーを装わねばとサーナイトの入ったボールに触れつつ小さく技名を呟く。直後に、視界が暗転した。

 波乗りと滝登りを駆使しなければ進めない内部奥。つまり、バランスバッジとレインバッジを入手し秘伝技を覚えるポケモンがいなければならないが、私はそんな面倒なことをするつもりはない。此処はゲームではなく現実だ。少しでも効率的であった方が良い。つまり何が言いたいかというと私はサーナイトの持つ技、テレポートで滝を越えたのだ。私の手持ちに水タイプはいないしその点を考えても妥当な移動手段だろう。チルタリスを使っても良いが此処だとちょっと狭いかもしれない。
 さて、と呟きながら奥へ続く入口を見据える。此処を潜り抜けたら光の先に元の世界が──。
 なんてこともなく、進んだ先には階段状に落ちていく水と池、一階へ降りる為の梯子があるのみ。普通、奥へ向かうなら梯子を降り道なりに歩いて梯子を昇り、と回り道をしなければならないがそんなことをしなくても階段状の足場から普通に歩いていける。

「お。久し振りだな」
「タケルさん、お久し振りです」

 親しげに声を掛けられた方向へ顔を動かして相手の名を呼ぶ。ドラゴン使い、タケル。初めて流星の滝に訪れた時に知り合ったから長い付き合いの方か。

「どうです? お互い、成長の成果を見せ合いに一戦」

 隣に従えたマッスグマの頭を撫でてやりながら提案する。丁度良かった、タイミングが悪いのか此処に辿り着くまで金蔓トレーナーと会わなかったから金策に困っていたのだ。好戦的な私とは対照的に彼は苦笑した顔で「今は止めておこう」と肩を竦める。彼と会う度にバトルしていた私は断られると微塵にも思っていなかったのでへ、と鳩が豆鉄砲を食ったような声を出すしかなかった。

「ついさっき、チャンピオンとバトルをしてコテンパンに負けてしまったところだからな」
「……チャンピオン?」

 聞き捨てならない言葉が聞こえ、思わず鸚鵡返しするも相手は差ほど気にしていないようで嗚呼と頷いてから石を探しに来たところを頼み込んでバトルをしてもらったと負けたはずなのにどこか晴れ晴れしい顔で言う。チャンピオン相手によくやりますね、と相槌を打ちながら私は背中に冷や汗がだらだらと伝うのを如実に感じていた。

(そうだった…! 流星の滝はチャンピオンも訪れる場所!)

 珍しい石の為なら滝だって登っていく男。その彼が流星の滝が来ないはずがない。寧ろ今まで遭遇しなかったのが不思議だったくらいだ。否、チャンピオンで忙しい身だから遭遇しなくとも不思議ではないのか?
 もし出会ってしまった場合、どういった行動を取るのが適切か瞬時に計算する。相手はチャンピオン、つまりツワブキダイゴのことだが頭の回転は早い、そして察しも良い。主人公に数々の助言とアイテムを与える、物語になくてはならない存在。最後にホウエン地方のチャンピオンとして主人公の前に立ちはだかり、ポケモンを預けて行方を眩ますという放浪癖のある御曹司。
 下手に避けようとすれば逆に不自然か? ミーハーな女の子くらいが溶け込みやすく良いだろう。その顔立ちの良さからメディアにも引っ張りだこであるから強い上に格好良いなんて! と憧憬を抱いていることにすれば良い。無駄な詮索を受けない。
 そう私は結論付け、まずは眼前の知り合いからそれとなく別れることを目標とした。

「負けたところを追い打ち掛けてしまうのも心苦しいですしタケルさんとのバトルはまた今度にします」
「嗚呼、……って俺が負けること前提か!?」
「私の方が勝率高いじゃないですか。 それじゃあ、そろそろ行きますね」

 私の言葉に反論出来ないのかぐぬぬと悔しげな顔をしつつまたなと片手をひらりと振る。それに同じく片手を上げ返して洋服の裾を翻そうとしたところで「あ、」と何かを思い出したような声に思わず後ろを向いた。

「メイは実力があるから問題ないとは思うが……最近、此処に不審な奴らが出入りしている。注意しろよ」

 潜められた声色と寄せられた眉に不思議そうに双眸を瞬かせそれはどういう、と問い掛けながら彼の顔を見つめた。
 本当は知っている。不審な奴らとは十中八九、アクア団とマグマ団のことだろう。だが、それを知っていると悟られてはいけない。なんせ私は久方振りに此処に来たのだから。久し振りに流星の滝に来た人間が、毎日のように出入りしている人間と同等の情報を知っているなんて怪しいでしょう?

「言った言葉通りの意味だ。アクア団とマグマ団を知っているだろう。 ……今日は姿を見掛けてないが最近、奴らの出入りがやけに多い。お陰で他のトレーナーが此処へ来るのを避けるようになったくらいだ。ポケモンを強奪しているなんて噂もあるし、お前も気を付けろ」
「……はい、分かりました。ありがとうございます」

 発する声色に気を配りつつこくりと頷いて今度こそ階段状の足場を駆け上っていく。今日、団員の出入りはないと今し方聞けたばかり。目的遂行の障害となるのは何処に潜んでいるか分からない流星の民と石探し真っ最中のチャンピオンくらいか。
 大丈夫。流星の民の眼は怪しげな動きをしなければ良いしチャンピオンの眼は、石探しの邪魔をしなければ問題ない。
 そう思っていた時期が私にもありました。

 眼前には爽やかな微笑を浮かべて嬉々としながら石の説明をするイケメン。街行く女性達皆が振り返るだろう美丈夫。襟足の跳ねた特徴的な銀髪に黒いスーツを優雅に着こなす長身、そして胸元には高級そうなラペルピン。画面越しでしか見たことのないその相手。

(……流星の滝内部は広いから早々会うことはないと思っていたけど)

 己の不運さを呪うしかない。
 今がどういう状況か、説明しよう。私は本来梯子を降り道なりに進んで其処にある梯子を昇り、階段を上がることで辿り着く場所を面倒だからとショートカットで進んだ結果、恐れ多くもホウエン地方に君臨するチャンピオンに遭遇してしまい何故か有り難い石の説明を受けている。
 いや、私にも原因があるのだ。先の、同じポケモントレーナーとしてチャンピオンに憧憬を抱く女の子。そういう設定のテンションで声を掛け、テレビで見るよりイケメンですね応援してます〜なんて言葉をにこにこしながら吐いてそういえばこんなところで何をしているんですか? と至極真っ当な疑問を一応投げ掛けておいた。「石を探しに来たんだ」と予想通りの答えが返ってきて(リーグの仕事は良いのかよ……)と思いつつも「石!? すごいですね私疎いから全然分かんなくてー」と軽く返してしまったが運の尽き。石の魅力と効力、説明を延々と受けている真っ最中。いつまで続くんだろう、この石語り。宛ら、子供のように眼を爛々と光らせ楽しそうに説明するのはまあ良い。相手はそうお目に掛かれない立場のイケメンだし眼の保養になる。だが、如何せん長い。此方にも都合というものがあることを考えてほしい。連れ歩きしているマッスグマも心なしかバトルをしていないのに疲れているような気がした。紡がれるイケメンボイスに耳を傾ける振りをしつつどう乗り切ろうか思案する。先程ちらりと盗み見たポケナビに表示された時間は十八時。私がこの世界に連れてこられ丁度一年経ち、この節目に何かヒントが隠されていないかと探しに来ているのに全然進んでいないじゃないと愕然とした。

「──君?」

 そう掛けられた声にはっと意識が引き戻される。いけない、考え込んでいた所為で話に打つ相槌を失念していた。さっと表情を取り繕い咄嗟に「ごめんなさい、初めて聞くお話ばかりだったので相槌忘れて聞き入ってしまっていました」と嘘をつく。私がそう返答したのが間違いだってことに気付いたのは後になってからだった。

「そうか、ごめん。難しい話ばかりしてしまったね」
「いえ、とても勉強になりました! ありがとうございます」

 もう遅いしそろそろ行きますね、今日は本当にありがとうございましたと続けたところで相手から素っ頓狂な声が上がった。

「え?」
「……ん?」
「長話をしてしまったし暗くなる時間だから送っていくつもりだったんだけど、迷惑だったかな」

 思わずげ、と出そうになった言葉を慌てて飲み込む。無駄なところでフェミニストを発動しなくて良いのに、と内心で毒づきながら「ほんとですかー? 全然迷惑なんかじゃないです寧ろ申し訳ないくらいダイゴさんって優しいんですね」と棒読みになりそうなのを堪えてにこやかに返事をする。
 此処で断りを入れるのは得策ではないと判断したからだ。彼の人となりはゲームで大体理解しているつもりである。そんな彼の親切心を無碍にするのは私の即席で作ったチャンピオンに憧憬を抱く設定を考えても合わない。此処は一度、大人しく送られるべきだろう。
 それにしてもあのチャンピオンに送ってもらうなんてファンの子が見たら後ろから刺されそうだな。否、この世界だとバトル連戦かななんて下らないことを考えながら、おいでと言ったチャンピオンの後ろを追った。
 不自然に思われないようバトルのコツやポケモンとの接し方、強さの秘訣やら質問しながら二人分の足音が響く空間を歩いて行く。私の質問に律儀に返してくれる相手を豆だなと思いつつ早くこの状況から脱したい私は半ば死んだ眼をしていた。
'16.08.14

背中合わせの番狂わせ

AiNS