玄関の扉を解錠し、ただいまと呟いた。スイッチに手を伸ばし暗闇の部屋を蛍光灯で灯す。
 あれから八田美咲と一時間程度話をして連絡先を交換し帰路に立った。彼と長らく関わりなかったのに意外とすんなり交換出来たのは彼が単純な性格だからか。
 バックから講義に使うノートを取り出す。端末を手に取りアドレス帳に新しく登録された八田美咲のメールアドレスと電話番号を書き記した。端末でサイトを開き同じように書き記し下書き保存してログアウトする。まあ念の為、だ。閲覧履歴を消去しブックマークに保存してある別のサイトを適当に開いて目眩ましにする。
 ノートをバックに仕舞い軽い夕食でも作ろうかと立ち上がったところで鍵が施錠される音が響いた。ガチャリとドアノブが回される音が聞こえ姿を現したのは。
「──いらっしゃい、仕事お疲れ様」
「……あぁ」
 怠そうに首を回して骨を鳴らす伏見に向かって私は微笑む。
「ごめんね、私も今さっき帰って来たばっかだからご飯作ってないや」
 炒飯なら直ぐ作れるよと言って台所に立つと、野菜とパイナップルは入れんななんて返すから思わず吹き出してしまう。
「野菜は入れないと駄目だよ。……流石にパイナップルは入れないけどね」
 八田ライス馬鹿にすんなよと伏見が呟いた声が聞こえて「美味しいの?」と問い掛けると微妙な顔された。

 伏見が私の住んでいるアパートに来るなんて珍しくはない。伏見はセプター4の寮で暮らしているが「あそこには隠しカメラが付いてやがるから」と私のアパートにお邪魔する事が多いのだ。
 伏見をリビングに待たせて料理を始める。材料を切って炒めて。調理しているとフローリングの軋む音が聞こえ私の背後で足音が止まる。
「どうしたの? 炒飯ならもうちょっと掛かるよ」
 そう言葉を紡ぐ私に伏見は何も返事をしない。何がしたいんだろうと考えていると突然肩に重みが走った。どうやら私の肩に顔を押し付けているらしい。炒める音の隙間に、すんっと匂いを嗅いだ音が聞こえた。
「……美咲の匂いがする」
「大学の帰りに会ったの。 久し振りだったから少しお茶しちゃった」
「へえ」
 それだけ言って伏見は私の肩から顔を上げてリビングへ戻る。私は料理の仕上げに取り掛かろうと調味料を手に取った。

 手持ち無沙汰な様子で端末を弄っている伏見の前に炒飯を置く。反対側に自分の炒飯を置いて座った。
「三崎ィ……これ野菜入ってんだけど」
 不機嫌な声色で人差し指で皿を叩く伏見を見て子供っぽいなと苦笑しながら「出来るだけ細かく切ったからそんなに分からないよ」と言うと舌打ちをしてスプーンを手に取り食べ始めた。ご丁寧に野菜を避けて食べる伏見を眺めながら私も伏見にならって食べる。暫く咀嚼する音だけが響くが数分経てば伏見が食べ終わり皿を重ねて台所へ置きに立ち上がった。そしてそのまま玄関へと向かう。
「あれ。 今日泊まらないんだね」
「使えない部下と上司の所為で終わってない仕事あるんでェ」
「そっか、頑張ってね」
 私の言葉に気怠げな返事を返す伏見を見送るため立ち上がる。仕事がまだ残っているのにわざわざ私の家に来てくれたことに嬉しさを感じた。
(……例えそれがご飯の為だとしてもね)
 いいよ。利用するならしたいだけすれば良い。それが私の役割であり私の意義だ。その為に私は八田美咲を演じてる。私を通して彼を見ていても、隣に伏見が居てくれるならそれで構わない。
 伏見を見送った後、テーブルの上に置かれた端末を取りアドレス帳を開く。八田美咲と登録してあったそれは消えていた。サイトを開いて下書き保存しておいたアドレスと電話番号を入力して"家"と再登録する。着拒リストを開くと八田美咲のアドレスが登録してあったので消した。
「……全く、」
 伏見も馬鹿だなあと笑う。私が八田美咲を盗る訳ないのに何を心配しているのか。

'13.5.8

私が欲しいのは

AiNS