「踏んで下さい」
「……急に何を言うかと思えば」
 場所は執務室。第4王権者宗像礼司に向け最敬礼して頼んだが駄目らしい。言い方を変えます、と呟いて。
「室長が履いていらっしゃるそのエンジニアブーツで私の背中を踏んで頂けませんか」
「言い方の問題ではありません」
「では何が問題なのですか室長。 あ、背中が嫌だと仰るなら腹でも頭でも構いません、室長に踏んで頂けるなら何処でも」
 私の言葉に室長は態とらしい溜め息を吐き場所の問題でもありませんよ、と言い。
「何故私に踏まれたいのですか」
「セプター4に入った動機の大凡は室長に踏まれる為です」
「質問に答えて下さい匿無君。 それとそのような不純な志望動機は正直聞きたくありませんでしたよ」
 室長に踏まれたい理由など愚問です、と言って硝子の奥にある濃藍を見詰める。眇められた双眸に胸の鼓動が高鳴るのを自覚した。嗚呼、早く白眼視の視線を私に向けて。抵抗や反論を許さないとでもいうような絶対的な力を私に向けて。――正直早く踏んで欲しいです。
「一目見たときから室長に踏まれたい、と感じていました。 ……その世界を蔑むような瞳、一ミリたりとも動かない表情、反論を許さないとでも言う物言い、そして王に相応しい力。 その全てに惹かれ室長に私の全てを支配されたいと思いセプター4に入りました」
 答えたので早く踏んで下さいと発言すると匿無君、と温度のない声音で名前を紡がれる。あの室長の口唇が私の名を紡ぐなんて数ヶ月前では考えられなかったことだ。ちなみに既に録音済みである。
「誰に命令しているのですか」
「申し訳ありませんでした」
 再び最敬礼で反省の言葉を述べる。そうだ、私はなんて失態を犯してしまったのか。あの室長に向かって「して下さい」等烏滸がましいにも程がある。立場を弁えるべきだと自身を戒めた。ちなみに先程室長が言った、誰に命令を〜の部分も録音済みである。
「ああ、気になることがあったのですが。 先程君は“セプター4に入った動機の大凡は私に踏まれる為”と仰いましたが残りの動機は何なんですか?」
「室長に罵られる為です」
 即答すると少し呆けた顔で室長は此方を見詰めた。とてもレアなその表情にカメラを持参していれば良かったと後悔する。
「……君の性癖はとても特殊のようですね」
「自覚しております」
 それで室長、と目線で急かすと視線の交わった室長はふっと表情を緩めた。眉目秀麗なその顔立ちに微笑まれ思わず顔を赤らめてしまう。そして同時に期待を持つ。もしかしたら私の要求を呑んでくれるのではないかと。室長を見詰める視線に期待が入り混じってしまったのは仕方のないことだと思いたい。
「匿無君」
 はい、と短く言葉を紡ぐ。
「私は自ら“踏んで欲しい”と強請る人間を踏み付けるより、誰かを踏むような人間を踏み付けるのが快いです」

'13.4.4

踏んで下さい

AiNS