息苦しさに低迷していた意識が浮上する。それでも完璧な覚醒には到らず、もう一度寝ようと右に寝返りを打とうとしたところで何かに阻まれた。何かが私の上に乗っかっているような気がする。違和感に薄眼を開くと暗闇に紛れた何かが私に覆い被さっていた。
「――ッ!」
 咄嗟に枕の下に仕込んでいたナイフを抜き取り侵入者の首許を狙う。空気を裂く音と首に当たる金属特有の冷たさで気付いたらしい侵入者が動きを止めた。闇黒に慣れた視界が姿を映し出そうと焦点を合わし始める。
 徐々に浮かぶ彼の姿に絶句した。
「……リヴァイ兵長」
「なんだ」
 いや、そんな平然と答えられても。
 兵長の首許に当てていたナイフを仕舞い脱力して息を吐く。
「驚きました……用があるなら普通に尋ねて来てください。 こんな夜這い染みたこと、」
 間違えて刺してしまったらどうするつもりだったんですか、と続く筈だった言葉は兵長の「夜這いだ」という簡潔な台詞に霧散した。
「……はい?」
 思わず素っ頓狂な声を上げて聞き返してしまったが致し方ないだろう。上官が一人部屋で就寝する女性部下のところに気配を消して侵入し現在進行形で押し倒してるなんて、笑えない冗談だ。
「一回で聞き取れ。 夜這いしに来た」
 まるで「掃除しに来た」とでも言うような軽いノリで言うのは止めていただきたい。
 兵長の顔は相も変わらず眉間に皺を寄せた仏頂面で、何を考え何が目的なのか検討もつかないが僅かに酒の匂いがしたことでこの不可解な行動が少し理解出来た。
「兵長、お酒飲みましたか?」
「……少しな」
 酒の所為かと溜め息を漏らす。匂いからして大した量を飲んでないように思えるが、どちらにせよ酔っているのだろう。「酔っていますよ。 お水持って来ますので退いていただけませんか?」となるべく落ち着いた声音で問うと「嫌だ」と即答された。
「何の為に此処に来たと思っている」
 酒の力を借りてまで。

 言葉の意味を理解しようと固まっている私の鎖骨を兵長の指先が這う。寝巻き用に羽織っているシャツの第二釦が外された音が聴こえて正気に戻る。
「ッ! あ、の兵長! この御冗談は流石に」
 無理がありますと紡ぎ肩を押し返そうとした右手は兵長の左手に遮られた。
「冗談だと思うか? ……俺は冗談が嫌いだ」

 その双眸を見なければ良かったと後悔する。闇と同調する薄墨の眸は猛禽類のような、捕食者の其れで眼窩には劣情の色が浮かんでいた。
 その炯眼に射抜かれて呼吸すら忘れる。
 抵抗のなくなった私を見て好機と踏んだのか指が釦に触れた。一つ二つと外され外気に曝された肌がぶるりと震える。口唇を噛み締めて胸元へと顔を埋める兵長の刈り上げられた黒髪を見詰め、どうしてこうなったと心中で呟いた。

'13.7.24

トロイメライに溺死

AiNS