小説題名

章題名


その少女の前には、熱心に授業を受ける黒犬の獣人が座っていた。
男子高生の制服を見本の如くきちりと着て、背筋をピンと伸ばした。時折毛並みの良い尻尾をハタハタと振る、犬の獣人が。

彼女は彼に構うのが好きだった。それこそ、彼の背中に四六時中張り付いて、その毛並みを撫でまわしていたいほどに。

学校の授業時間中は彼女にとって退屈で憂鬱な、彼に触れることのできない地獄の時間でしかない。だから彼女は授業の間、ずっと、ずっと、頭の中で考えるのだ。彼への思いを、口を開けば濁流の如く溢れ出してしまいそうな想いを。授業が終わるまでの時間、ずっと。

――あー、あー、なでなでしたい。もふりたい、だきつきたい、みみさわりたい、しっぽつかまえたい、にくきゅういじりたい、ひげひっぱりたい、こっちむかせたい。
かわいいなあかわいいなあ、このしるえっともおおきさも、においもたいおんもけはいも、ときどきみえるよこがおも、そのせいかくも。ぜんぶぜぇんぶ、かわいいなあ。

早く授業終わらないかなー、こっち見て、ほしいなあ。

「………吉野ー、授業に集中しろー」
「っはい?ちゃんと聞いてますよ?」

不意に教師からかけられた声に、彼女は現実に意識を戻す。授業終了まで、残り十二分。たった十数分、されど十数分。暇を持て余すばかりの苦痛な時間に意識を戻してくれた教師に軽い恨みを抱きつつ、少女は仕方なしに止まっていた手を動かしはじめる。

彼女は知らない。自覚がない。気付く由もない。自分の考える思考が、彼への熱い想いが、そっくりそのまま口に出ていることが、わかっていない。

そして、クラス中が彼女の“それ”を、見ないフリ聞かないフリしているのも。授業中、決して後ろを振り向かない犬獣人の顔が、背後で呟かれる言葉の数々によって、恐怖と諦めに近い何かで強張っていることも。彼女は知らない。


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