丸山くんは、意外と大人。
普段はふざけてて気付かないけど、落ち着いてるときはすごく思慮深い人なんだなって感じることができる。


「あら、忘れもんでもしたん?」


放課後の教室には丸山くんしかいなくて、彼は前から入ってすぐの自分の席に座って課題をやっていた。
ほら、そういう真面目なところ、普段は気付けないんだよ。


「うん、課題忘れちゃった」


へらりと笑って彼の前を通りすぎる。少し奥にある自分の机を覗いた。中身は空。それもそのはず。課題はちゃんと鞄の中に入ってるんだから。


「あれ…」


彼に聞こえるか聞こえないかくらいの声でそうつぶやいて椅子を元に戻す。
顔をあげて丸山くんの方を見るけど、彼はこちらのことは気にも留めずノートと向き合っていた。
そうそう、彼は意外と人にも興味がないらしい。


「あらへんかったの?」


彼の前を再び横切って教室から出て行こうとする私に、彼がノートから視線を変えずに話しかけた。


「うん、なんか、わたしちゃんと持って帰ってたのかも」


我ながら情けない。と笑って彼を見つめる。
彼は伏し目がちににこりと笑ってから、ゆっくりと視線を合わせてきた。あ、その顔、かっこいい。


「千尋さんは、おっちょこちょいなんやねえ」


目があったまま名前を呼ばれたのは初めてな気がする。不覚にもどきっとした。ふざけた雰囲気なく、そんな風に笑って女の子と接したら、きっと彼はもっとモテる。
彼に浮いた話がないわけではなかった。むしろきっと多い方だと思う。
人気者で背もそこそ高い彼は、この顔でやたら人を褒めちぎる天然のたらしだから。どちらかというと男女ともにモテる。彼の周りには自然に人が集まっていた。


「そうかな?まあ、そうなのかも」


曖昧に返事を返してしまった。
彼のキャラを始めて見た時、図々しくも私は自分と似てるかもと思った。
人を笑わせるのが好きで、常にふざけていて底抜けに明るく振る舞う。意図的にそうしているところも、なんとなく、近いものを感じたのを覚えている。


「意外やね」


しっかりしてそうやのに。
予想外の言葉が返ってきて驚く。どちらかというと、普段の私はへらへらしててちゃんとしてるキャラなんかじゃないのに。


「そう かな。よくイメージ通りだって言われるんだけど」


「丸山くんの方が、意外と真面目なんだね。」
彼と近いものを感じた私は、しかしすぐに自分とは違うことに気が付いた。
私なんかより、とても人のことを考えてて、優しくて、どこまでも空気が読める。見た目よりもっとずっと繊細で、思慮深い。そしてどうやら彼は、根っからふざけた雰囲気だとかいつでも明るいわけではないらしい。


「そんなことあらへんよ。俺からしたら、千尋さんの方が真面目やで。」


またしても予想外の彼の発言に私は少しだけ狼狽した。
真面目?しっかりしてる?どちらをとっても自分のイメージとはかけ離れてる気がしてならない。
もしかして、丸山くんは私のことをよく知らないのかな。


「みんなの前ではお調子者で振舞ってるけど、本当は結構落ち着いててしっかりしてはる。」


僕が知ってる千尋さんはそういうイメージ。
どうやら彼は私を驚かせるのが好きらしい。いやそんなことは微塵も考えてないんだろうけど。
これには私もびっくりだ。だって、私が彼に抱いてるイメージそのままなのだから。


「や、やだなあ、そんなことないよ。わたし結構抜けてるし、なんにも考えてないよ」


彼の落ち着いた雰囲気に流されて穏やかな表情になっていた顔を自分の意思で笑顔にする。心なしか声も高めに、少し大きく。
いつも元気。いつも明るい。面白いこと言って、人を笑わせるのが好き。元の性格もあいまって気が付いたらこんなキャラが定着してて。でもたしかに自分でもこのキャラを気に入ってるから、このイメージが崩れないようにわざと寄せているときがあった。


「わたしなんかより、丸山くんの方が、実はずっと落ち着いてるじゃん」


狼狽えろ と思いながら確信をついたような気分で言い放つ。
私はわたしのイメージを大事にしてるし、できればテンションの低い自分なんて人には見せたくなくて。きっとそれは丸山くんも一緒なんじゃないかって。これは私の勝手な予想だけど。だからさっきの彼の発言には多かれ少なかれ悔しさを感じた。


「そう?めんどくさいだけやで。亮ちゃんにも呆れられてるもん。」


期待は外れて彼は微塵も狼狽えることなどなく淡々と認めた。
丸山くんの言葉に『あかん、めんどくさいマル発動や!』というたまに聞こえてくる錦戸の言葉を思い出して少し笑った。


「あれ、僕なんか変なこと言うた?」


つられて彼も笑って、「そんなことないよ」と私が返すと「良かった」と優しい微笑みに戻った。


「千尋さんは、亮ちゃんとは仲ええもんね」
「そうかな?錦戸が突っかかってくるだけだよ」


「いい人だから好きだけどね、錦戸」そう言うと彼の微笑みが少し薄くなった気がした。あ、あんまり友達のこと上から目線で話されたから嫌な気分になったかな。丸山くんは優しいからなあ。


「なんや、羨ましいな」
「ん?」
「亮ちゃんが」


ついにペンを置いた丸山くんは頬杖をついてこちらを見ている。その顔にはもう微笑みが戻っていた。


「なに言ってんの。丸山くんの方がずっと優しいしいい人だよ」


錦戸は『意外といい人』で丸山くんは『根っからの超いい人』。どう考えても彼の方が上の位置づけである。


「ああ、そこやなくて…」


その顔が苦笑いに変わる。あれ、わたし、なんか今変なこと言ったかな


「僕も千尋さんに、好きって言われたいなあって」


…ものすごいたらしが炸裂してる。そんなにっこにこ微笑んで言われても、照れるじゃん。


「丸山くんのことも好きだよ?…だから今ももっと知りたいなって思ってるし」
「知りたい?」
「うん。まだ丸山くんのことよく知らないからさ。」


この『よく知らない』は『あなたとはまだ距離があります』の代用。そして『あなたとのこの距離に満足していません』の意味もある。


「知りたいの?僕のこと?」
「うん、」


そんな意味を含めてるから、何回も言われるとちょっと恥ずかしい。わかっててやってるのか、そうじゃないのか。丸山くんの表情からは、真意はよく読み取れなかった。


「うーん…じゃあ、もうちょっとこっち来て?」






ミガッテ