でも私は好きだよ


と言って、すぐに後悔した。
それは、彼の目がいつも私じゃない子を見てるのを知っていたからであって。

言わなきゃよかったと、なに自分から傷付きにいくようなことをしてるんだと、やけに綺麗なオレンジ色に染まる教室で私は心の底から後悔した。
オレンジ色が好きだと言っていた彼の笑顔を記憶の片隅から引っ張り出して、これは何年生のときの話だったかな、なんて

「いやだなあ、丸ちゃん、何その顔」

彼があまりにも苦い顔をするから、私は少しどころではない胸に刺さる感覚を小馬鹿にしたようないつもの笑いで誤魔化した。

「…あは、無理ある?」

なんかそれっぽい雰囲気だったから言ったらどんな反応するかなって思っただけだって。
冗談にする。これが私の張った貧相な予防線だ。笑顔で、いつもと変わらないトーンで明るく言うように心がけた。ほら、すっごい夕日綺麗だし。なんて言い訳にはちょっと苦しいだろうか。
なかなか、上手だったと思うんだけど。

「……」
「……」

きっと私の装いはほぼ完璧だったのに、どうにも彼には通じてないらしい。さすが3年目ともなるとバレてしまうのだろうか。
彼の苦い顔がさらに濃くなったから、何も言われなくても私の心はまた酷く痛んだ。胸のあたりから喉元にかけてなにか異物のようなものがこみ上げてくる。目の奥がぎゅっと収縮するのがじんわりと襲ってきて。ああ やばい、泣く。

「ええ、丸ちゃん?大丈夫?ごめんごめん、……ほんとに困らせた?」

何も言わずに私を見つめるその視線に耐えきれなくて「反応しづらい冗談でごめんね、帰ろっか」と笑顔で鞄をとる。
冗談じゃないってバレてることくらいは彼の顔を見ればわかる。だから急かすように、見ないように、私は彼の横を通り過ぎるんだ。

「…まって」

不意に掴まれた腕に驚いて立ち止まって、恐る恐る彼の顔を見た。さっきよりさらに苦くなった顔。
やめて、何にも言わないで。最高につまらない冗談にしておいて。
せめて仲のいい友達ではいさせて、ほしいよ。
少し濡れたように揺れるその目から逃げるように視線をそらして「ほら、早く鞄とって、暗くならないうちに帰りましょうよ丸山さん?」と腕を揺らせば、ぐっと掴む力が強くなった。見上げればもうそこには普段通りの穏やかな表情を貼り付けた彼がいて、


「…俺も、」


俺も、好きやで。
割とはっきりとした口調で、ゆっくりと私に伝わった彼の声は、私の大好きな彼の声そのものだった。
オレンジと言うには赤みを増しすぎた教室で、私は離される自分の腕を見ていた。重力に逆らわずに落ちる私の腕は、揺れているようにも、少しだけ震えてるようにも見えた。

私は数十秒前の自分をやはり酷く悔いた。




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やってみたいシリーズとして昔拍手お礼だったものB





ミガッテ