この街には殺人鬼がいる。それも一人や二人じゃない。複数の殺人鬼が住み、連日殺人の報道がされても珍しくないこの街が「殺人の街」と呼ばれるようになったのはいつからだろう。
 経済的に豊かで交通の便がよく、金の集まるこの街に、人は集まってくる。誰かが殺されれば新しい誰かがやってくる。自分は殺されないだろうと高を括り、住みやすいこの街にやって来ては、殺されていく。この街で長く生き残っている人間は余程運がいいか、心底気を付けて慎重に生活しているかのどちらかだ。
 私はこの街で、信用なんて無いに等しい警察官という仕事をしている。殺人鬼もろくに捕まえられない、ただいるだけの存在。そう言われているのは知っているが、それでも私は警察官になった。殺人鬼を捕まえるために。



「ばいばい!クラムさん!」
「ありがとねー!」



 子供の明るい声が耳に飛び込んでくる。そちらに顔を向けると、元気な子供の笑顔と、それを見守る優しい表情が目に入る。



「気を付けて帰るんだよー」



 ニコニコと笑いながら、子供たちに向かって手を振る人。名前はミスト=クラム。「文房具クラム」の店主だ。このあたりで一番有名な一般人。誰にでも優しく、誰からも好かれる仁徳者。地元アイドルに近い存在だ。
 ぼぅ、と見ていた私に気付いた彼が、微笑みながら軽くお辞儀をした。こちらも慌てて頭を下げる。


(目が合ってしまった……)


 いつも遠目に見るだけだった人。彼が男だと知った時はかなりのショックを受けたが、それでも目に入った時、胸にこみ上げてくる熱いものは変わらなかった。この人を護りたい。殺人鬼など直ぐに捕まえてやる。そしてこの街に平和を。そうしたら、この人の優しい笑顔が消えることなどないはずだ。



「いつもお疲れ様です」
「え」



 頭を下げている間に近づいてきていたらしい。彼の茶色の瞳は優しげな光と共に私の間抜けな顔を映していた。



「よくこの辺りを巡回してらっしゃるでしょう?」
「あぁ、はい……そうです」
「いつもありがとうございます」



 警察に対する住人の目が厳しい今、こんな声をかけられるなんて思ってもみなかった。しかも、憧れている人からの言葉。嬉しくないはずがない。今にも踊りだしそうな心を押さえつけ、顔を引き締めて敬礼してみせた。



「これが私の仕事です。貴方の安全は、私たち警察が護りますから」
「ふふ。それなら安心ですね。……あ、お仕事中ですよね、すみません」
「いえいえ。それでは」
「はい。お仕事、頑張ってください」



 笑顔に見送られ、パトロールを再開する。今日はいい日だ。初めてあの人と話すことができた。もしかすると、またこうして軽い雑談くらいできるかもしれない。そうしたらいつか、友人にだってなれるかもしれない。


(そうだ、今日は夜も巡回しよう)


いつもなら帰ったらすぐ寝るところだが、今日は気分がいい。運が良ければ殺人鬼を見つけて、逮捕することだって出来るかもしれない。
上機嫌のまま、仕事を終えた後。一度家に帰り、仮眠を取って、夜の街に繰り出した。日が落ちるとこの街は、殆ど人の姿を見なくなる。殺人鬼に狙われないために、皆家に引きこもるからだ。
けれど、私は警察。銃も持ち歩いているし、訓練も積んでいる。殺人鬼などにやられるはずがない。夜におびえる必要がない。


(もっと人気がない場所のほうが……)


 それは突然だった。後ろから私の首に回った腕が私の頭を固定し、目の前に迫ってくる物を理解する前にソレは私の目を片方潰した。痛みがよく分からない。そして体は冷たい地面から動こうとしない。声もでない。私は。



「……あぁ、昼間の」



その声は、どこかで聞いたことがあるような気がしたが、こんなにつめたいこえをわたしはしらな







 ピクリとも動かない、人間だったものを見下ろす。見覚えがあると思ったら、昼間に見かけた警察官の男。こんな夜中にも街を巡回しているなんて真面目な男だ。……今回は、その真面目があだになった訳だが。



「お疲れ様です」



もう聞こえないだろうけれど。