揺れる瞳




「ねぇ、百田。あのさ・・・」

春川は百田に声を掛けると、いつものように笑顔で振り返る。

「おう、どうした。ハルマキ」

その呼び方に春川はぴくり、と眉を寄せてそっぽを向く。

小さくチクリと、胸が痛む。

ここ数日、春川は百田に声を掛けてはこうやって不機嫌になる。

その度に、百田はどう接したらいいのか、と頭を悩ませていた。
それは同時に春川も言い出しにくく、歯痒かった。

(だからっ・・・なんでそんな呼び方なの・・・)

不機嫌な理由は簡単だった。
春川は、百田に名前を呼んでもらいたかったから。

ちょっとした春川なりの恋心。

「何でアンタは分かってくれないの・・・百田のバカ・・・」

その言葉に反応した百田が、春川の肩に手を伸ばすと困った様な表情で見つめる。

「オレの何が気に食わねぇんだ、春川・・・」
「百田・・・」
「確かにオレはバカかもしれねぇが、お前が言ってくれないと理解出来ねぇよ」
「っ・・・言う、から・・・離して・・・」

別に困らせたくて言ったんじゃない。
鈍感な百田の事だから春川自身が素直になるしかなくなってしまった。

「ねぇ、百田・・・」
「おうっ、ハルマキ・・・」

あだ名を口にした途端、春川は百田の頬をつねる。

「私には、魔姫って、名前があるんだよ・・・」
「それは知ってるけどよ」

照れた様な表情で言う百田に、そっとスーツの袖を掴んでは春川が口を開く。

「魔姫って呼んでよ、解斗。ほら、私は言ったから・・・っ」

恥ずかしくなった春川はそう言うと俯きながら喋るも次の瞬間には百田から抱きしめられていた。

「っ・・・?!ちょっと、何、離して・・・!」
「ま、魔姫・・・って、呼んだらいいんだよな!!」

不意に勢いよく名前を呼ばれ、春川の頬が真っ赤に染まっていく。

「そう、だけど・・・っ」
「仕方ねぇじゃねぇか、魔姫って呼べなんて可愛い事言われると思ってもみなかったんだから、よ・・・」

途切れ途切れに言い終わった百田が春川を抱きしめていた手を離すと二人で顔を見合わせる。

「もしかして、解斗も照れてるの・・・?」
「うるせぇ・・・オレだって照れるっつうの。好きな相手に名前呼ばれて喜ばない男はいねぇだろ」

相手の言葉にお互いの事が何だかおかしく思えてきて、気が付けば笑っていた。

「ちょっと・・・本当にありえない」
「だよな。まさか同じことで悩むなんてな・・・」

不機嫌になっていた理由が分かってしまえばこの何気ない瞬間が楽しかった。

「なぁ、魔姫・・・」
「・・・アンタにそう呼ばれるとくすぐったい・・・」
「なっ、何でだよ!!」
「嘘だよ、嬉しい・・・ありがと・・・解斗」

くすくす、と小さく笑うと春川は百田の名前を呼んだ。

(ねぇ、百田・・・。アンタが、居てくれたから私は"好き"って気持ちを知れたよ)

そっとお互いの手を繋ぐ。
温かい体温を感じて自然と口元が綻んだ。





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