みをつくしても

 カンナガラ本部の、とある一室。広々とした机の上で、薄緑色のぷにぷにした生き物が、ふぁきゅふぁきゅと張り切った調子でリズミカルに伸び縮みしていた。
 あ、回廊でお世話になったひとめちゃんだよね。波由流が人差し指を差し出すと、かの分身体はハイタッチするように小さな手をぺたりとくっつけた。今回の監視役に抜擢されたらしい。

 机の脇には丁寧に磨かれた止まり木が設置されており、もう一柱の神が羽を休めていた。波由流に連れ立ってカンナガラの門を潜り、神降ろしのために一時的に傍を離れていたのだが、どうやら先回りしていたらしい。
 波由流はまだ、神降ろしされていない八十神の姿をはっきりと認識するまでには至れていない。水の塊のような輪郭を捉えるのが精々といったところだ。だから目の前に居る八十神の、深い青の尾羽を目にするのは、この部屋に連れて来られてからようやくのことだった。

 ただ、かつて一度だけ、波由流はこの鳥を見たことがある。
 夢と現の狭間。金色に輝く向日葵の波間で、父に寄り添っていた美しい鳥。

「初めまして……で、良いのかな。青藍せいらんさん」
「些事だ。好きにするがいい」
「うん、ありがとう。よろしくお願いします」

 心底興味無さげに返されたが、母曰く、これでも友好的な方らしい。神降ろしを終えてから波由流が話しかけるこの瞬間まで、頑として口を開かなかった程である。
 思えばこれまで深く関わってきた神様は、皆何処かしら頑固な節があるのに気付いて、波由流は何だかちょっぴり笑ってしまった。


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 青藍は、波由流の母を守るために此処にきた。一応、彼女から波由流に力を貸してほしいと頼まれたのもあるが、それだけで己が動く理由には足らない。
 波由流が限界まで追い詰められた時、彼は自らの中にある、あらゆる大切なものの頂点に母を置いた。その覚悟に報いてやらねば神としての矜持が廃るのだ。

 青藍が守るべきものの中に波由流は含まれていない。
 正確には、含まれなくなった。波由流が今度こそカンナガラに戻ると決めたからだ。
 だからこれは、巣立ちゆく雛鳥に向けた、一種の餞でもあった。
箱庭