ワイルドカード


『え?』

ユメコが振り返ると、そこには誰もいなかった。
さっきまであんなに賑わっていた観光客や地元の人々。
あたりを見回してみても人っ子1人いない。
ユメコだけがそこに立ち尽くしている。

『お母さん…?』

返事はなかった。
あたりには誰もいないのだから、当たり前といえば当たり前。

『お父さん……?』

なにをしていたんだっけ。
わたし、京都に家族できて。
初めての日本。
ちょうど一年前くらいにお父さんがテレビで日本の特集を見て、それで。
まず、東京に行って。
浅草寺、スカイツリー、秋葉原、六本木、お寿司を食べて…生の魚ははじめてで。
それから新幹線に乗って。
京都についたら清水寺、金閣寺と銀閣寺を見て、二条城。
北野天満宮もさっき行ってきた。
それで、ここは…?

『一条戻橋』

わたしだけ先に渡って、お父さんとお母さんは橋の手前からカメラを構えていた。
渡り切る直前。
なにかに手を引かれた気がした。
指になにか糸が絡んだ。
手は冷たく、糸は暖かい。
わからない。
なんなのか。
その一瞬がスローモーションのように感じた。
後に引っ張られる。
でも浮かれたわたしは、最後の一歩を渡りきった。
途中で急に抵抗がなくなった。
まるで、なにかに切られたように。
慣性がわたしの体を前に押した。
つんのめるように二三歩進む。

そしてそれから、振り返った。

『だれも、いないの?』

橋はあった。
けれど、近くを走る道路はなかった。
アスファルト舗装は消えてなくなり、踏み固められた土の道。

『なんか、急に寒い…?』

自分の影だけがやけに長く伸びている。
嫌な感じ。
よくわからないけれど、
良くないものだと感じた。

『っ…誰か!!!!』

"右に行って、左に行って、右。"
誰かの声が聞こえた気がする。
根がはったように動かない脚をバンバン叩いた。
影が不意に揺蕩う。その瞬間に膝が笑う。
走らなきゃ。
走って、走って、走らなきゃ。
そうしなきゃ"だめ"なんだ。

『あぁぁぁぁぁっ……!!』

右に行って、左に行って、右。

誰ともすれ違うことはなかった。
ただ1人、走り続けた。
転がり込むようにして、そこについた。

『な、に………』

五芒星の下。
そこまで来てやっと、膝に手をついて息を整えた。
晴明神社の空気はやけに澄んでいる。

『だれか…』

境内は静まり返っていた。
同時に気がついたが、先程の嫌なものも感じなくなった。
少しだけ落ち着いたユメコはゆっくりと歩みを進め、石階段を数段登って鈴緒を揺らした。

『少しだけ、休ませてください。』

持っていた小銭は自国のものばかりだったが、許してもらえるだろうか。
そしてそのままゆっくりと座り込んだ。
そういえば手を洗うのも忘れたけれど、立ち上がる元気がユメコには全くなかった。

『なんだったんだろう…』

父も母もいない。
ぷつりとなにかが切れた気がした。
そのままゆっくりと、意識が遠のくのを感じた。

- 2 -
ALICE+