petyunia
青い空は太陽の光を拡散させて、どこまでも続いていた。
潮騒が崖上に腰を下ろして海を眺める女の耳を掠め、女は遥か遠くの船の帆を仰ぐように見詰めるのだ。
「あらやだ、子供じゃないンだから。……えェ、えェ、勿論よ。アンタ、スケジュール詰めすぎじゃなァい? また煙草の量が増えたって聞いたわよ。」
小型電伝虫に向かってさぞ幸せそうな顔を浮かべる姿はロココ式の絵画のように生き生きとして繊細なものだった。
左手薬指に光る銀のリングを何度も触っては愛を確かめるように太陽に手を透かす。
「あたしなら大丈夫。今日は早く終わりそうなンでしょう? 久々よね。楽しみにしているわ。」
がちゃり。と切られた電話は夫からのもので、浮つく気持ちを抑えきれない女は軽い足取りで街へと消えた。
女の名前はメルセゲル。
夫の名前はサー・クロコダイル。
そしてこの国の名前はアラバスタ王国。
「"英雄"の妻も楽じゃないのよ、ボス」
素足にサンダルを引っ掛けヒールのベルトを煩わしそうに締める。
女の横顔に真昼の太陽が照りつけ、切りそろえられた黒い髪が1本1本絹糸のように揺らいだ。
エキゾチックな顔立ちとオリエントな衣装はかつての砂漠の文明からそのまま飛び出してきた女王を思い出させる。
足元に絡みつく金と黒の斑が美しくテラテラと輝くコブラを愛おしそうに眺め、指を差し出せばチラつく二股の舌が指を舐める。
主人について行くその姿は犬猫のようでもあった。
潮騒の先に彼女はもういない。