このスーパーのレジ打ち店員の中じゃ自分が一番早いと思っている。
伊達に前世で酒保の会計はしていない。

「あ、源ちゃん。」

控えめに手を振ればペコリとお辞儀する体格の素晴らしいこの男は、谷垣源次郎。
前世からの百之助の後輩でありマブダチである。
彼はいつもこのスーパーで買い物してくれる。しかも大体私のレジで会計をし、その重そうな買い物カゴをヒョイとカウンターに乗せるから今日みたいに空いている日は軽くお喋りするのだ。

「百之助、職場でどう?」

私は豆腐とほうれん草ともやしを素早くレジに通しながら尋ねる。

「え、ああ…そこそこ真面目にやっていますよ。」

ハハ、と空笑い混じりに言われてはこっちが申し訳なくなった。

最後の大玉キャベツをレジに通して合計2850円。

「今度またうちに飲みにおいでよ、百之助も喜ぶだろうからさ。」

「その時は実家の地酒持って行きますよ。尾形さんによろしくお願いします」

思いっきりウィンクして親指立ててグーサインを送ってやった。
源ちゃんの奴、照れてやんの。と内心ぷくくと笑いつつ「可愛いなぁ」と大の大の大の男に思ってしまうのは普段暮らしてる男が可愛げのない奴だからに違いない。

「ねぇ、幸子ちゃん?さっきのが同棲中の彼氏さん?」

噂好きのパートのおばさんはやたら私の恋愛事情に詳しい。
私はそう誰彼構わず自分の恋愛をベラベラと喋るようなタチじゃない。女子高生じゃあるまいし、人生2度も繰り返すと色恋沙汰でキャッキャと他人と騒げないのだ。

「違いますよ、彼は彼氏の友達です。」

なんだ〜〜残念。とふくよかな頬を更に膨らませる姿はまるで金魚の水泡眼。
残念とはなんだ、残念とは。もし仮に百之助が来ていたらこのおばさんはどうするつもりだったのだろう。
いや、どうもしないだろうが女の噂は光の速さでWi-Fiの如く飛ぶ。
下手に一言でも不特定多数へのSNSに「幸子ちゃんの彼氏、目が死んでる」とでも拡散されて見ろ。
一夜にして私のアカウントは通知の嵐で火の海だ。(主に第九師団からの)

「俺が何だって?」

「っ!!!」

思わずザリガニのように退いてしまったが、これは百之助が悪い。

「なんでいるの…」

「……? 散歩」

首を傾げて如何にもこれくらい当然だろ?と視線を向ける辺りが憎たらしい。
いやいや、スーパーの中を散歩するなんてそんな馬鹿な。そもそも服装がTシャツにチノパンに生身で財布を持っているというあたりコンビニで何かを買おうとしたけど高いから安いスーパーまで少し歩いて来たというところだろう。

「どうせ、コンビニ高かったからこっちまで歩いて来たんでしょ。何買うの?アイスとかお菓子なら私、チョコ系ね」

「正解。流石だな、俺の考えてる事全部知ってそうな顔しやがって。」

あ、無視された。すぐそうやって都合の悪いことは無視する。
私はカウンターを乗り出してその憎たらしい眉間にチョップしてやった。

「痛い、古傷に触った。」

「え、うそ、ごめん」

相変わらず顎には痛々しい左右1つずつの傷。
杉元くんに付けられたと知ったのはつい最近、杉元くんの口から放たれたものだった。
こいつはあのとき私に「滑って崖から落ちた」とだけ言って杉元くんと交戦した事をずっと、黙っていたのだ。
その時の私は酒保で働いていて、杉元くんやアシリパさん、シライシとは旭川から小樽の業者に商談を持ちかけに足を運んだ際に山中で出会っていたのにも関わらず何も知らなかった。

「冗談だ。痛くも痒くもねぇよ。」

ワシャワシャと濡れた捨て犬をタオルで拭くみたいに両手で私の頭を撫でる。
私が困った時、悲しい時はいつもこうしてくれた。

「ちょっと、びっくりさせないでよ。」

なんて強がって言ってみてもこいつには全部分かってしまう。

私の考えている事全部知ってそうな顔で自信有り気に「どうした?」なんて聞いて。

「まぁ、上がるまであと少しだろ?そこら辺で待っててやるから頑張れよ。」

私もパートのおばさんも空いた店内でポカンと口開けて手をヒラヒラと振りながら出て行く男を見ていた。

せめてものお詫びに何処かの映画の王子様みたいにその手を差し出して私と手を繋いで歩いて帰ってくれたら良いのに。

「なんだか、凄い男ね…」

唖然とするおばさんに私は苦笑いと「ですよねぇ」なんていう他人行儀な言葉しか出なかった。