小学生の夏休みの夜にはわたしはいつも幼馴染みの赤葦京治を連れ出して、ある場所に走っていた。近所の裏山。星を見るためだ。今思えば、毎回毎回よく付いてきてくれていたと思う。女一人行かせてはいけないと、思ってくれていたのかもしれない。彼は優しいから。

けれどそれももう昔の話。

それぞれが高校生になった今、彼は毎日バレー漬け、彼よりひとつ年上のわたしは受験生で勉強漬けの夏休みを送っている。
目指してみないか?と担任に言われ、難関大学を志望校に掲げたわたしは、三年生になってから学校と塾と家をぐるぐる回っているだけだった。
街で見かける女の子達は夏を満喫しているようで羨ましかった。わたしも友人達と塾帰りに多少寄り道することなどはあったが、話題はどうしても勉強の方へと向かってしまう。
勉強が憂鬱な訳ではない。このままの進路で本当にいいのか。わたしにはそれが分からなかった。ただなんとなく決めた大学で。けれども他に選択肢は浮かばなかった。



「星見に行くよ」
「え?」

八月半ばの夜。塾の帰りに家の前に誰かいるなと思ったら京治だった。突然わたしに告げた彼は、荷物を置いてくるようにと続けて言う。嫌だとも言えなくて、わたしは荷物を置いて親に出てくることを伝えた。こんな時間にどうしたと聞かれたので京治と星を見ると言うと、あぁ行ってらっしゃいと送り出された。彼の名前を出すと、いつも安心したように送り出されていた昔を思い出した。

外に出ると、京治はすぐに歩き出した。わたしも遅れないように付いていく。彼の目的がよくわからない。そもそも話したのも随分久しぶりだ。わたしが高校生になってからは学校も別々になったから、近所で会った時に挨拶を交わす程度だった。


昔は駆けって上がっていた裏山の坂道が苦しい。運動が苦手な訳ではないが、最近はほとんど身体を動かすことがなかったから途中で息が上がってきた。京治との距離がだんだん離れてきたなと思ったら、彼は戻ってきてわたしの右手をとった。そのまま手を引かれて坂道を登る。
本当にこの人はどうしたんだと思った。

やっと到着した場所では、あの頃と変わらず星空が綺麗に見えていた。京治が草の上に座るので、わたしも隣に座る。

「どしたの、急に」

気になっていたことを聞いてみると、京治は夜空に視線を向けたまま言った。

「今日、ペルセウス座流星群。知ってた?」
「え…」

星空を見るためにこの裏山へ走っていた頃、わたしが一番好きだったのがペルセウス座流星群。毎年、半袖半ズボンで草の上に寝転がって見ていたものだ。

「知らなかった…」
「だと思った」

視線をこちらへ向けた京治の瞳は真剣だった。

「何で星見るのやめたの?」

すぐに言葉を返せなかった。ゆっくりと赤葦から視線を逸らす。

中学生に上がった時、新しくできた女友達に「星の本なんか読んでないでさぁ」と言われた。雑誌を読んだり、少女漫画を読んだり、かわいい雑貨屋さんの話をしたり、ドラマに出ている俳優の話をしたり。それに合わせなければ仲間はずれにされてしまうと思ったわたしは、星から離れていった。皆の前で京治京治と呼ぶのもやめた。裏山にも誘わなくなった。

「いろいろあったの」
「…嫌いになった訳じゃないんだ」
「嫌いじゃないよ」

嫌いになんてなってない。むしろ、ずっとわたしは星が、流星群が好きだった。星を追いかけている自分も嫌いじゃなかった。京治と星を見たかった。

「好きなら、そのままで良かったのに」

星がひとつ流れた。
あぁ、そうだ。そうだったのだ。けれど弱かったわたしにはそれができなかった。貫き通す勇気がなかった為に、大切なものに蓋をして隠してしまっていた。
体操座りしていた手をほどいて、ごろりと寝転がる。煌めく星達へと、手を伸ばしてみた。

「今さら追いかけても、まだ間に合うかな?」
「それは志歩次第」
「ふふ、そうだね。…ありがとう、京治」

今日初めて彼の名前を口にした。こうして名を呼ぶのも、呼ばれるのも随分と久しぶりだ。ふと、わたしが伸ばしたままだった手がゆっくりとさらわれる。
思わず視線を向けると、わたしの右手は彼の左手と繋がれて、胡座をかいている彼の膝に置かれていた。
京治は何も言わない。けれど一度だけちらりと向けられた視線が妙に大人びて見えて、繋がれた手がどんどん熱を持つのが分かった。
わたしも何も言えなくて、星空へと視線を戻したその時、

またひとつ星が、流れた。

ペルセウス回帰

休み明けの進路希望調査で、わたしの用紙には今まで書いたことのなかった、天文学を学べる学校名ばかりが並んだ。
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