バサバサバサと音がしてはっとした。目の前の置時計の短針は9を指そうとしている。音がした方へと視線を向ければ、机の横に無残に散らばるノートと参考書。崩れ落ちた原因となったのは恐らく、自分の左肘。うとうとと沈みながら、肘で参考書達を押し出してしまっていたらしい。椅子に座ったまま一冊一冊拾い上げつつ、わたしはため息を吐いた。暖房をつけて部屋が温まると、どうにも眠くなってしまう。
いまひとつ意識が覚醒しないまま、机の上の置時計の秒針がするすると回るのを、頬杖をついて見る。カチカチという秒針の音が落ち着かなくて苦手で、高校に上がってから自分で買ったものだ。"星の王子様"のデザインのこの置時計を改めて見てみると、わたしは全く星や月から離れられていなかったということが分かる。

勉強机の横にある本棚に手を伸ばす。何度も何度も読み返したそれは『星と星座』。分厚い図鑑だ。小学生の時にお母さんに頼んで買ってもらった。傷付けるのが嫌で大事に読んでいたから、きれいなのはきれいだけれど、もうページの端が黄ばんできている。

『志歩と、見るのが好きだから』

ふたご座流星群のページを開いた途端、ぶわっとこの間の光景が頭の中を駆け抜けた。白い吐息、流れる星、隣の京治。呼吸は上手くできなかった。
はぁーという盛大なため息と共に、図鑑の上に突っ伏する。最近はずっともうこんな感じだ。どうしたらいいか分からない。幼い頃から知ってる相手なのに、全く分からない。

あぁ、だめだと部屋の窓を勢いよく開ける。空気を入れ換えて頭を冷やして、そろそろ勉強に集中せねばならない。うとうとしていた分も取り戻しなければ。
ひゅうひゅうと部屋に流れ込んでくる空気は、思わず身体が震えてしまうほど冷たいが、頭を冷やすには丁度いい。


ブーブーと、ベッドに投げていた携帯が震えた。さすがにそろそろ風邪を引いてしまうと窓を閉める為に立っていたわたしは、そのままベッドまで歩いて携帯を拾い上げる。すぐに鳴りやむと思っていたそれは、携帯を拾い上げてからもまだ鳴っていた。あぁ、電話だったと思って慌てて画面を見ると、そこに映る名前は"赤葦京治"。
番号はこの間のふたご座流星群の帰りに交換した。わざわざ家に言いに来なくても…と京治は苦笑いしていた。
でもいきなりなんで?と思いつつも、切れてしまってはいけないので、急いで画面をタップする。

「もしもし」
『何で窓全開だったの』

そんな声を聞いた瞬間、わたしは慌てて閉めたばかりの窓に駆け寄った。

「京治…」

道からこちらを見上げている人影。部活帰りなのだろう。前に塾から一緒に帰ったときと同じように、大きな鞄を肩にかけているのが見える。

『星見てたの?』
「…え、いや、違う。空気の入れ換え?みたいな」
『そう。寒いんだから気を付けないと風邪ひくよ』
「うん…。もう大丈夫。閉めてるから」

ふっ笑う声が聞こえた。

『見てるから知ってる。…まぁ、何にせよ試験近いんでしょ。気を付けて。おやすみ』
「あ、うん。ありがとう。…おやすみ」

また手をひらりと揚げて、京治は自分の家の方に歩いて行った。重そうな鞄を肩にかけながらも、すたすたと。
窓が開いていたから。ただそれだけの為に電話したのだろうか。だめだ、分からない。赤葦京治が分からない。

それにしても、あぁ。せっかく頭を冷やしたのに、なんだかまた身体が熱くなってきたような気がする。

星と窓の王子様

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