年が明けて、登校初日。

「志歩、ちょっとこれ見て」
「ん?」

友人である由紀がわたしに差し出したのは、一冊のノート。『センターまでの記録!』と表紙に書かれているこのノートは、夏休みが終わった頃からうちのクラスで回っている。出席番号順にひとり一日一ページずつその日どれだけ勉強をがんばったかを綴っていく、というものだ。担任の発案で、互いの勉強意識を高め合うのが目的らしい。高まっているのかは、正直よく分からない。勉強意識が高まる瞬間というのは、きっとそれぞれ違うと思う。

由紀の開いたページは、12月14日。わたしが担当だった日だ。そして、その日は京治とふたご座流星群を見た日だ。勉強の記録ばかりをつらつらと書くのが嫌で、流星群を見たことも書いた。さすがに誰と見たとかそういうことは書いていないけれど。

「見てこの返事。ほんと感じ悪い」

由紀の指差すところには、担任からの返事が書かれていた。『センターも近いのにそんなことに時間を使うなんて信じられない!』だそうだ。

「軽い嫌がらせだねぇ…」

赤ペンで書かれた文字を見ながら、ため息をつく。この担任は、わたしが夏の終わりに進路変更をしてから、こんな感じだ。その為、進路に関する相談は専ら副担と塾の先生に頼りきっている。

「シール貼っちゃえ」

由紀は担任の返事の上に、ペタペタと動物のシールを貼る。自分のページをデコレーションしたり、絵を書いたりしている人も中にはいるからそんなに目立たないだろうが、担任は気付くだろうなと苦笑いする。それでも少しすっきりした。

「志歩、冬休みどうだった?」

動物のシールの次に、花のシールをスケジュール帳から取り出しながら由紀が言う。

「どうだったって、年末まで毎日塾で会ってたのに」
「年が明けてからだよ。赤葦君とは会ってないの?初詣とかは?」

由紀には京治とのことを話してある。というか、由紀とわたしは同じ小学校出身の為、わたしと京治が幼馴染みだということを既に知っている。最近また話すようになったことを、説明しただけだ。

「会ってないよ。年明けの流星群も、天気悪かったし…」

年明けすぐの三大流星群のひとつ、しぶんぎ座流星群は観測条件が悪かった。どんよりとした雲に覆われて、月すらも見えなかった。早い段階から悪天候が分かっていたし、正月にわざわざ京治を誘うのもということで、家で大人しくしていた。一応、見に行かないことを京治に電話で告げると、「見れないからって。泣かないんだよ」と言われた。そんなことしないと反論しても、笑われるだけだった。残念ながら確かに幼い頃、てるてる坊主を睨み付けながら、ぐすぐす泣いていたことがあった。

「星見なくても、普通に会えばいいのに」
「いやぁ、受験生だし…」

担当に書かれた言葉が、全く刺さらないわけじゃない。京治と流星群を見たあの時間は、確かに"そんなこと"なのかもしれなかった。

「受験生かぁ…」

ため息をつきながら由紀がノートを閉じて、自分の席に戻っていった。始業のチャイムと共に、教科担当の先生がばたばたと入ってくる。
センター試験まで、あと二週間程。休み明けでどこか浮わついていた空気も、授業の始まりの起立礼を終えるとぴんとしたものに変わった。

担任の言葉の意味は、まぁ分かる。けれどわたし達は受験生であって、同時に高校生でもあって、完全な子どもではないけれど、完全な大人でもない。不完全なわたしたちは、日常の小さな小さな煌めきを力にして、進んでいかなければいけない。だから"そんなこと"はきっと必要なのだ。わたしたちにとって。

『好きなら、そのままでよかったのに』

夏の京治のこの言葉がわたしの始まりで、煌めきで、一番の糧だ。あの時があったから、わたしは学校でも塾でも家でも頑張ろうと思える。

そう。きっと、わたしは京治が好きなのだ。

イオタの煌めき

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