負け犬女と初めての負けた男の話(赤司)

「別れよう。好きな人ができた」

「え、」

まただ。私の人生は今ドン底にいた。いやここ数年というべきだろうか。高校でたくさんたくさん勉強し合格ラインにいたにも関わらず、本番で名前を書き忘れたり、解答欄を間違えたり、電車で寝過ごし会場に遅刻したり等下らない理由で受験に失敗し浪人となった。とはいえ、ずっと勉強している訳にも金銭面的に行かず、昼は勉強、夜はバイトをして過ごしていた。初めてのバイトは失敗続きで最近やっとやりがいというものを感じ始めたところに、辞めたいと思っていた時に支えてくれた男と交際することになった。しかしその男は所謂ダメンズで屑だった。男も金がなく私も受験生でデートする時間もないからこそ簡単なデートしかしたことなかったし、男が金がないと言われれば金も貸した(返ってきたことはない)。更には数回の浮気の後には上記の別れを切り出された。なんで?とは思わなかった。彼は私を愛してはいなかった。それでも交際が続いたのは私が彼を愛していたからだと思う。しかしこう彼から言われてしまってからではもうこの関係は続かないだろうことはわかった。私は公園のブランコで彼との関係が終わって放心していた。夜ももう遅い。予備校もサボってしまった。わかっている。私は勉強しなくてはならない。彼と交際してからというもの学業は階段方式に落ちていっていた。前に解けていた数式も今は難しくなっていた。冬も本番に近付き何をしているのだろうと思う。


「はぁ、」

「大丈夫、ですか?」


ウインターカップの前日になる。僕は東京にチームメイトと宿を取った先の近くで最後の調整を兼ねてランニングをしていた。明日は嘗てのチームメイトとも再会できるために楽しみを静めるためでもあった。その先の公園で並々ならぬ空気を漂わせる女がブランコで放心していた。今思えば何故話しかけたのかわからないが、当時は本能的に彼女に声をかけた。年上のようだった。泣き腫らしたであろう顔は酷かった。


「あ、すみません。大丈夫です。今何時ですか?」

「9時過ぎです」

「そうですか。ありがとうございます…ランニング中にすみません」

「いえ、気にしないでください。ただ明日が楽しみだったから気晴らしに走ってただけですから」

「明日?」

「高校のバスケットボールの大会です。」

「へー凄い。スタメンですか?」

「一応は主将です」

「凄いなー!それに比べて私は…」

「…聞きましょうか?」
それからなまえも知らない彼女の話を聞いた。まぁいい暇潰しだと思い相づちを入れながら聞いていた。彼女は浪人で今さっき振られたらしい。先日の模試では第一志望の大学も厳しいといわれたところだということも聞いた。感想をいうのであれば負け組というのが相応しいのではないだろうか。


「いい経験したよ。本当に。」

「いい経験?」
その単語の意味がわからなかった。

「そーそーダメージはまだ大きいけど。後はさ、バイトも気まずいし、辞めて勉強しまくるよ。この成績だったら後は上にあがるだけだしね。」
気づけば彼女は敬語を止めていていた。無論僕もだった。いい成績、いい結果を残すことことが僕の生き甲斐であったが、彼女は違うようだ。彼女は最低の成績と最低の関係をいい経験だという。


「わからないな。結果を残さなくては意味がないだろう」

「そんなことはないよ。その悔しいをバネに頑張れる。あの男が悔しがるほどいい女になるって」

「僕にはわからないな。」

「私はあまり勝つとかがないからかもしれないね。人よりも劣っているから。試合で負けることないの?」

「僕が負けることなんてあり得ない」

「凄い自信!」

「当たり前だ。勝つことが全てだからな。」

「…本当に負けたことないの?」

「そうだが?」

「それって、辛くない?」

「は?」
僕が、辛い?初めての言われた言葉だった。

「勝ち続けるって、それって凄い重荷じゃないかな?背水の陣だったかな?」

「煩いな。」

「…ごめんなさい。でも君、無理してる顔してない?」

「煩いと言っている。これ以上の話は不要だな。失礼する」

「あ、ちょっと。」

制止をする彼女を無視して僕はその場を去った。彼女はもう自分で帰れるだろう。それにしても馬鹿馬鹿しい話を聞いた。勝利が全てなんだ。そう思っていた。



その後、僕…俺は決勝戦で敗れた。初めてだった。ウインターカップの後で俺は無気力となり、ふらふらと気づけば以前の公園に足を運んでいた。彼女の言葉は気にも止めなかったが、今となったら凄く会話が脳裏に過っていた。



「あれ?また会ったね」

「…そうだな」
同時にて彼女は公園のベンチで夜空を見上げていた。勉強はしてなかった。本能的に俺は彼女に会いたかったからこの時間に来たのだ。

「勉強は?」

「一息してたの。君と喧嘩別れした感じだったし、もしかしたらまた会えるかもと思って」

「そうか」
考えを見透かされたことにドキッとした。

「結果聞いてもいい?」

「負けたよ」

「そっか」
彼女は近くの自動販売機でジュースを俺に買ってくれたが、選択肢がホットバナナオレとホットミルクと謎のチョイスだったためお断りしたが、ほぼ無理矢理にホットミルクを僕に渡した。のまなかったがコップから暖かさが冷えた体には丁度よかった。


「1つ聞いていいか?」

「何?」

「初めての負けて、悔しさもあるが、それ以上に無気力なんだ。何をしても集中できない、これはなんなんだ?」

「…重荷がなくなったんだよ。勝ち続けるってさ、勝てば勝つほど次も次もってなるでしょ?それが辛いんじゃかいかなーって。」
ごめんっ頭が高いこと言っちゃった!怒らないでね!!なんて自己弁解をする彼女。俺は何故か妙に納得した。俺は彼女の言うとおり辛かったのか。


「そうか」

「きっと大丈夫。」

「強いな、お前」

「ええええ?!!そんなことないけど」

「いいや。本当に凄いよ」
俺は一回の敗北に死ぬことすら考えていたのに、彼女はその挫折を数えられないほど経験し、それでも前を見ているのだ。


「俺は明日京都に帰る」

「京都なんだね。行ったことないなー。舞妓さん町中にいるの」

「いや、勘違いされることが多いが観光地だけだ。」

「そうなんだね」

「今度もし来たら案内でもしようか?」

「え?!いいの?!!」

「そのかわり、受験が成功したらだ。第一志望にな」

「!?!」

「どうした?」

「いけるかな…自信がない」

「大丈夫。お前なら」

「っ…わかった!じゃっじゃあさ!名前と連絡先教えてよ!」

「そういえば聞いてなかったな」



「俺の名前は…」

「私の名前は…」

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