それがお前の幸せならば




※暗めでグロめ。


 学校終わった後にやりたいことは死ぬほどある。勉強してぇし、トレーニングもしてぇ。漫画読みてぇし、部屋の掃除だって。それでも、わざわざ。わざわざ、だ。この俺が自分の時間を削ってまでこのバカ女の為に教室に残っているのは、それ相応の話がしたいからであって。
 謝罪の言葉が欲しいのではない。ただ俺は、今日のようなことを二度として欲しくないだけだった。あんな、クソみてぇなこと。

「ごめんね、なんか、私のせいで時間使っちゃって」

 ごめんね。
 お得意のその言葉は、誰に向かって言ってやがんだ。俺が呼び出したんだ。俺の時間をどう使おうが俺の勝手なわけで、みょうじが謝罪するのはおかしいだろ。そうは思うけれど、口にはしない。質の悪いこれは、こいつの挨拶みたいなもんだと思うしかねぇ。中一の頃から変わらないこのクソな性格を、俺はいつの間に熟知してしまったのだろう。ため息を吐けば、こいつはきっとまた悲観的なことを言う。喉まで出かかった空気の塊をぐっと呑み込み、耐える。

「なぁ、今日のアレ、なんだよ」

 その一言で、みょうじは俺の言いたいことがわかったらしい。またしても「ごめんね」だ。は?意味わかんね。イライラする。何がごめんねだ。ふざけんな。

 みょうじの個性は、自分の傷を相手に負わせたり、相手の傷を自分が負ったりするという、非常にリスクの高いものだった。相手を傷付けるには自分が傷付かなくてはいけない。心中をするためだけにあるような個性で、一体どんなヒーローを目指すつもりなのか。使い方次第ではあるが、非常に有用性の低いものだと俺は思う。
 このクソみてぇな個性、みょうじはさらにクソみてぇな使い方をする。なんの戸惑いも躊躇もなく、自分に、しかも頚動脈や心臓といった、致命傷必至の部位にも容赦なく刃を立てるのだ。
 ほんの数時間前。リカバリーガールの治癒を終え、ベッドで横になるみょうじは、どうしていとも簡単に自分を殺すようなマネをするのかと教師陣に問いただされた時、「私は死にたい。死にたいのに、死に切れないだけです」とあっさりと、ゾッとするほど幸薄い微笑みで返していた。それは恐らく聞いていた全員の脳みそに軽いトラウマとして深く刻みつけられたことだろう。割と長い付き合いのある俺はただ、バカバカしい、と思った。死にたいヤツが雄英なんか来んじゃねぇよと言いたくなる。俺と同じ高校に行きたい、と言っておきながら、勝手に死のうとするやつがあるか。みょうじのクソみてぇな思考回路は、三年も前から理解不能だ。

 みょうじの言う、死にたいのに死に切れないというのは、よくわからないが、自傷では死ねない身体らしい。個性の影響なのか、たまたま運良く自殺未遂で終わっているだけなのか、その他に理由があるのかは知らねぇ。知りたくもねぇ。
 今日のアレ、もといUSJで敵の襲撃を受けた時だってそうだ。みょうじはその個性で圧倒的な殺戮を見せつけた。俺の目の前で突然、持っていた折りたたみナイフで首をザックリといきやがったんだ。鮮血が散り、倒れるみょうじ。俺は何が起こったのか理解が追いつかないまま、ぼんやりとその様子を見ていた。 
 みょうじがゴボゴボと溺れるように血反吐を吐きながら、痙攣する手で敵ひとりひとりに人差し指を向ける。それは、そう。まるで、呪いでも掛けているかのように見えた。そうすると指を刺された人間が、次々と同じように血を吹き出して倒れていくのだ。まさに地獄のような光景だった。辺りは文字通りの血の海で、クラスの奴らは悲鳴を上げ泣き叫ぶか、俺のように呆然と立ち尽くすかのどちらか。間もなく駆けつけたプロヒーローたちによって重症者は回収されていった。もちろん、みょうじも。
 みょうじは、自傷では死なない。自分が死ぬほどの傷を負えないのであれば、相手も当然同じだ。失血で死に掛けた敵は三十程いたものの、あの凄惨な状態で死者は一人も出ていない。その個性を充分に理解した上で、相手の戦力を削る為に。クラスメイトを守るために、こいつは一切の躊躇なく首を切った。それが、俺にはミジンコ程も理解できねえし、当然納得のいかない出来事だった。

「なぁ、やめろって、それ」
「ごめんね、って言うの?」
「ちげぇ、いや、違わねぇけど。そっちじゃなくて、個性使うの」

 正確には、死のうとするのを、だ。くだんの件だって、どうせ傷付けるなら足を傷付ければいいんだ。機動力を奪えば、後はどうとでもなる。それをどうしてわざわざ首に向ける。そこが、俺の気に入らないところだった。

「ごめんね」

 またそれか。とりあえず謝ればいいと思っているのかなんなのか、中身のまるで無い謝罪は聞いていて決して気分のいいものではない。ぎり、と奥歯が悲鳴を上げた。誤魔化すように、「なぁ、」と口を開く。

「なんで、死にてぇの。雄英楽しくねぇのかよ。なんの為に俺と同じとこ通ってんだよ。ヒーローになりたくて、人を助ける為に、ここにいるんじゃねぇのかよ。わっかんねぇんだよ、お前の考えてること。クソ、なんだよ、クソむかつく……!」

 なんでこんなヤツの為に、この俺が、こんな苦しい思いをしないといけねぇんだ。なんかだんだん腹が立ってくる。腹が立って、立ちすぎて、涙まで溢れてきた。ムカつく。なんなんだ。なんで俺は、こんなこと。

「………、ごめん、ね」
 
 相変わらずの謝罪に、俺は少なからずショックを受けた。これだけ言っても、まだお前には何一つ伝わらないのか。そんな言葉が聞きたいわけじゃないと、何百回言わせるつもりだ。怒りよりも先に俺の中を支配したのは、哀しみだ。こんなことってあるのか。いやあってたまるかクソッタレ。やるせなさでいっそ何もかも木っ端微塵にしてやりたい。

「……私は、違うかな」

 聞いといてなんだが、「は?」と間抜けな音が漏れた。いや、だって。初めてだと思う。俺が何を言っても聞いても謝罪と相手に合わせた曖昧な返事を繰り返していたみょうじが、初めて自分の意思を口にした。
 ちがう。違うって、言ったのか。違うって、一体何が。その意味を図りかねて、俺は思考を巡らせた。そもそも俺、さっき、何を聞いたんだ?

「私、ヒーローになりたくてここにいるんじゃないよ」

 ただ、勝己くんの側で、勝己くんを守って死にたい。だけど、死に切れない。それだけ。
 それを聞いて、淡く抱いていた期待を無遠慮に踏み躙られた気がした。みょうじはクソみてぇな願望を幸せそうに口にして、今までで一番甘ったるい笑顔を作った。本当に、吐き気がするほど甘ったるい。そんなこと、俺は求めたつもりは一度もねぇんだよクソが。

 やっぱりこいつは何もわかってねぇ。バカだ。真のバカ。俺がこいつを理解できないように、きっとこいつも俺の言いたいことなんて理解できないんだ。ずっとずっと言いたくて仕方のなかったことは言えた。けど、俺たちは一生理解し合えない。今ので完全に諦めた。もういい。このままでいい。勝手に自傷して勝手に死ね。

 もしもその時がやって来たら、俺はそれを、黙って見届けてやる。

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