ドラマティック・プレッピー




「焦凍なんか嫌いだ」
「なまえ」
「うるさい」

 双子の弟の焦凍が、雄英高校に合格した。私は落ちたのに。
 理由は簡単。私は両親から氷の個性しか受け継いでおらず、しかもその個性すら扱いきれていなかった。長時間の使用は身体に異常をきたし、指先から凍傷を起こしてしまう。焦凍みたいに父親の個性も受け継いでいたら、体温調整も上手にできて、結果は変わっていたのだろうか。そんな後悔も意味は無い。私には、受け継ぐ個性を選ぶ権利はないから。
 いつもそうだ。同じ日に同じ両親の間に生まれたのに、脚光を浴びるのはいつも弟だった。両親の個性を両方受け継いだ焦凍のように英才教育を受けさせてもらったわけではない。だからこそ、なんでも上手にこなしていく焦凍の存在は、私のコンプレックスだった。双子なのに、焦凍くんの方がすごいね、ってそんなことは見ればわかる。私は、私より遅く生まれた弟に劣っていた。

「嫌い。もうやだ、私、もう比べられるのいや」
「……なまえ、」
「呼ばないでよ、どっか行って。どうせ出来が悪い姉を見下してるんでしょ。一緒に生まれた弟は国立の雄英高校なのに、お姉ちゃんは落ちちゃったのね。結局近くの私立に通うのねって、また親戚中にバカにされるんだ。最悪。私だって、こんなに、こんなに頑張ってるのに、なんであんたは簡単に飛び越えて行くの。私を、置いていくの」

 焦凍が本当に本当に厳しい教育を受けてきたのを、一番近くで見てきた。辛くて、苦しくて、泣いている時はいつでも寄り添った。励ました。それは焦凍ばかりが期待されているからだということは幼い私にも充分すぎるほど伝わってきて、だからこそ一緒に厳しく育てて欲しいと何度も何度も父親に頼んだ。けれどその度に、焦凍とお前は違うと一蹴され、全く聞き入れてもらえなかった。個性が発現した日から、いや、生まれた時から、きっと私は落ちこぼれだったんだ。だから焦凍と私で、こんなにも扱いが違うんだ。私は、これっぽっちも期待されてないんだ。
 悔しい、悔しい、と涙をぼろぼろと零した。どうして私は炎の個性を受け継げなかったんだろう。どうして双子の弟は受け継いでしまったんだろう。そのせいで、私は落ちこぼれてしまった。どうして、のどちらか一つでも叶っていれば、私はこんなにも苦悩することはなかったのに。
 焦凍はいつか私が焦凍に寄り添ってあげたみたいに、背中をそっと、緩やかなリズムで優しく撫でた。「俺が何を言っても、きっとなまえは聞き入れてくれねぇと思うけど」と、小さく、泣き言を漏らすように口を開く。

「周りがなんて言っても、なまえと俺は違う人間だから。だから、俺と比べなくていい、と思う」
「……嫌味?それ、焦凍にはかなわないって?そう言いたいの?」
「違う。確かに勉強とか、個性とか、そういうのは俺の方が上なんだと思う。けど、友達作るのとか、手先の器用さとか、そういうのは俺なんかよりなまえの方がずっと上手だ。お前の作るメシ、すげぇうまいよ。俺には絶対作れねぇ」

 真面目な顔で「また蕎麦作ってくれ」なんて言われて、こんな時に何を言ってるんだこの子は、と思った。蕎麦なんて沸騰したお湯で茹でれば終わりじゃん。麺つゆは私の手作りだけど、あんなのググれば作り方なんてすぐ出てくるし、正直、お姉ちゃんの方が料理は上手い。そんなところしか褒めるところはないのかよ、と思わず顔を顰めてしまう。

「姉さんの料理も上手いけど、蕎麦だけじゃなくて、なまえの作ったメシの方が味付け好みなんだ。なまえのメシ、これからもたくさん食べたい。なまえの弟でいたい。だから、嫌いにならないでほしい」

 整った顔が、やはり至極真面目な表情でそんなことを言う。ああもう、こういうちょっと変わったところが焦凍に友達が出来にくい理由なのに。ホント天然っていうか。
 これが弟でなければ、きっと好きになってしまっていただろう。弟としては最悪だけど、異性としてはそれほどまでに魅力的な焦凍。けれどきっと、焦凍は私が姉でなければこんなにも私に執着はしなかったと思う。他人であれば、きっと見向きもされなかった。うまくいかない。本当に、どうして世界はこんなにもうまくいかないものなんだろう。

「もういいよ、ごめん、八つ当たりした」
「なまえ」
「……焦凍のこと、嫌いになるわけないじゃん。雄英で焦凍のこと悪く言う人いたら教えてね。私が氷漬けにしてやる」
「なまえも、高校でなまえのことを悪く言うヤツがいたら言ってくれ。細胞から壊死させてやる」
「怖い怖い」

 冗談だ、とクールな微笑みで後付けをした焦凍は、私の頭に手のひらをぽんと置く。やっと泣き止んでくれたな、なんて、まるで子どもをあやすみたい。私の方が、お姉さんなのに。

「なまえがいたから、俺は今まで耐えて来られた。だから今度は、俺がなまえを助けたい」

 俺は、どうすればいい?

 相変わらずの、何を考えているのかわかりにくい表情。だけど、私だけがわかる優しさを帯びた声色を持って、焦凍は小首を傾げ言った。

 いいよ、何もしなくて。そばにいて。

 答えなんて、これしか浮かばなかった。小さくわかった、と返事をした焦凍は、その冷たくて温かい手を、私の背中にそっと回した。

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