理想に気高く、君は生きている




 なんだ、この才能の塊は。と思った。

 私も自分の能力には自信があった。強い個性に、高い身体能力。頭も感も申し分無し。中学までは何をするにしてもずっと一番だった。だから、入学当初から話題を集めるあいつだって、きっと私より下だろうと、そう高を括っていた。
 入試1位?奇遇ね、私もなの。
 A組がUSJで敵に襲われた?へぇ、私ならプロヒーローの手を借りなくても返り討ちにしてたよ。
 そんな風に思って、気にしてなかった。私の方が強いヒーローになれる。才能がある。そう信じて疑わなかった。

 今日の、体育祭までは。

 生まれて初めて自分と対等に戦う相手を見た。そして、あろうことか、私は負けてしまった。素晴らしすぎる才能を持つ、隣のクラスの男子に。
 殴られた頬と、爆破の個性をモロに喰らった背中、そして心がズキズキと痛む。治癒はしてもらったはずなのに、なんだか一生残る重い傷のように感じた。悔しくて悔しくて、すごく惨めで、とても腹が立った。トーナメントで一体一で戦って、それで負けたんだ。言い訳もできない。いい勝負だったと周りから賛美の言葉を投げ掛けられたって、関係ない。嬉しくない。今までの努力はなんだったんだって、そう、思ってしまった。

 思い付いたら即行動の私は、体育祭が終わるのと同時にA組へ直行する。クタクタなのか、気怠そうに机に伏せっている生徒の中からあの刺々しい頭を見つけるのは容易だった。「爆豪勝己!」と廊下からその名前を威勢よく叫んだ。
 例に漏れず気怠そうに、不機嫌を隠しもせず目を釣り上げて「アァ!?」と威嚇をしたその男子に、しかし私は臆することはない。失礼しますと断りを入れてA組の敷居を跨ぎ、ズンズンと歩を進めた。座ったままでこちらを見上げる鋭い瞳は私を射抜く。ほんの少し前に対峙した、あの強い目。視線を合わせると、余計に腹が立った。

「今日私はアンタに負けた!けど、次は絶対勝つ!私は雄英高校ヒーロー科1年B組、みょうじなまえ!」
「……みょうじ?ああ、準決勝で当たったクソウゼェ個性のクソ女か」
「クソで結構、なんとでも言えばいい!私は絶対に負けない!オールマイトだって超えてやる!だから、」

 ここで、涙がぼろっと溢れた。悔しい!こんな、こんな宣言をしないと前に進めない私自身が、情けない!
 爆豪は急に涙を流しはじめた私に驚いたのか、動きを止めた。ポカンと口を開き、私の顔をじっと見ていた。

「ここからよ!私はここで……!雄英で1番になってやる!」

 ぐしっ、と乱暴に袖で涙を拭って、踵を返す。廊下には心配して着いてきていたらしい拳藤がいた。「大丈夫?」と問われ、頷いて返す。二度とこんな悔しい思いはしたくない。私は絶対、爆豪に勝つ。そう心に決めて、A組を後にした。





「今の人、なんだかかっちゃんに似てる」

 意図せず零れた言葉だったのだろうか。ぼそりとそんなことを呟いたのは、今のやり取りを自分の席から見ていたらしいデクだった。
 あんな女に似ていると言われても嬉しくもなんともない。「似てねぇよクソが!」と一喝すると、びくりと肩を震わせていた。いや、とか、でも、とか、まだ何か言いたげなデクを今度は爆破を見せつけて黙らせる。ひぃ、なんて弱者の悲鳴が上がった。

 どこかで聞いたことある言葉だと思ったら、あのやろう、俺が前にデクにした宣言と同じような事を言ってやがったんだ。当時の心境がありありと思い起こされて忌々しい。チッと舌打ちをすると、クソ髪とアホが寄ってきた。おい何ニヤニヤしてんだその顔ヤメロ。

「女版の爆豪って感じだよな。顔殴った男相手に、よくあんなに向かって来れるよ」
「爆豪ほど口悪くないけど、プライドの塊って感じすんのめっちゃ似てる」
「あとオールマイトを超えるとか、爆豪すげー言いそう。あれ?実際言ってたっけ?」

「テメェらぶっ殺すぞ」

 俺とあのクソ女が似てるなんて、そんなの見りゃわかる。自分に似ているから、見ててすげぇイライラすんだ。
 だから、つい、本気で殴っちまった。
 元より手を抜くつもりはなかった。けれどあんなにも本気で女の顔を殴る必要はなかった。必要無い暴力で、アイツのプライドをねじ伏せてしまった。

 もう一つ、小さく舌打ちをした。

 戦って、正直、めちゃくちゃ強いと思った。
 もう少しアイツに運があれば、負けていたのは俺だったかもしれない。決勝の轟よりは遥かにまともな試合をしていたし、絶対に負けないという強い意思を持ってあの場に立っていることは誰が見ても明白。そして今まで相対し戦った誰よりもセンスと才能と努力を感じた。すげぇ、と、思わず高揚した。あれが女だっつうのが勿体無いと、そんなことまで考えた。この俺が、だ。
 ああ、やっぱりこんなクソみてぇな場で一番になったって意味はなかった。雄英で名実ともに一番になるには、みょうじを完全試合でぶっ倒さねぇと。今回みたいなマグレ勝ちは、これで最後だ。

 次も、ぜってぇ負けねぇ。

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