臆病な恋をやめられない




 ああ、やばいやばい!と慌てて髪を櫛で解いていく。まずい、完全に寝坊した。今の時刻は朝の8時54分。約束の時間まで、あと6分しかない。家まで来てくれるって言ったって、こんなの最悪!

「出掛ける前にシャワー浴びたかったのに!服も、こ、これでいいんかな……。ちょっと女の子っぽすぎ?でも、で、デートとか……言ってたし……!いやいやでもでも相手は電気だから私の私服なんて死ぬほど見たもんね!なんかいつもと系統違ったりしたら変に思われちゃうよね!?いつも通りパンツスタイルの方がいいかな、でも、時間ない!どうしよう!」

 一人で喋りまくって、部屋の中をぐっちゃぐちゃにしていく。アクセサリーこっちの方が合ってる?いや、こっち?青もいいけどちょっと服に合ってない気がする……!
 昨日の夜ちゃんと上から下まで完璧に揃えたのに、朝になってなんか違うな、なんて思ってしまったのだから本当にどうしようもない。せめて早く起きればいいものを、起きた時には待ち合わせ15分前で。
 家の中を引っ掻き回す勢いでバタバタ準備を進めていくその横で、呑気に朝食を食べているお父さんとお母さんは「男の子と遊園地に行くんだって」「へぇ?噂の幼なじみの電気くん?」「らしいよ」なんて恥ずかしい会話をしていて、だけど敢えて無視を決め込む。
 学校の寄り合いに参加することがあるお母さんはともかく、お父さんは電気一家のことをよく知らない。一人娘が一人の時、頻繁に夕食をご馳走になっている、ということで、私によく菓子折りを持って行かせているくらいで、直接対面したことがないから。
 だからお母さんの「かっこいい男の子なのよ」という言葉に「挨拶に来てくれるの楽しみだなぁ」なんてとんでもないことを言っているわけだけど。いやいやそんな、そんなこと、あるわけないじゃん!

「あーもうわからん!お父さん!お母さん!これ!この格好どう!?変じゃない!?ちゃんと可愛い!?あ、私じゃなくて服が!服可愛い!?大丈夫?鞄とかアクセサリーとかの組み合わせ変じゃない?変じゃないよね!おっけー!行ってきます!」

 やっぱり一人でまくし立てるように喋って、結局普段はあまり着ない、可愛い系のワンピーススタイルで行くことした。こ、これで、良かっただろうか。動き回るだろうから、靴だけは履きなれたものにしたけど、やっぱり短パン履いてるとはいえズボンの方が良かったかな。デートなんてしたことないから、よくわかんない。こんなことなら、クラスの誰かに相談しておけばよかった!

「あ、来た。おはよ」
「お、おはよ……!」

 玄関を出ると電気はちゃんとそこにいて、いつも通りというか、ちょっとチャラめな感じでヘッドフォンで音楽を聞いていた。うわ、なんか、電気ってこんな感じだっけ。ちゃんと意識したことなかったけど、今日の私服かっこよくない!?こんな服持ってたっけ!
 電気はヘッドフォンを首に掛け直して、なんとかというブランドの、ゴツめのデジタル時計を見る。「時間ぴったり」と見せた笑顔に、なんとなく違和感を覚えた。

「つーか声でかすぎ。服装の確認必死過ぎじゃね?」
「えっ!?うわ、うそ!聞こえてた!?音楽聞いてたんでしょ!?」
「そ。なまえが好きだっつってた、あの、なんだっけ。なんとかってロックバンドの曲結構な音量で聞いてたけど、それでも聞こえた。ベース音より響いてたぞ。私じゃなくて服はちゃんと可愛い?とか言ってたろ」
「わ、やめてよ!恥ずかしい!」

「……意識してくれてんの?」

 そっと電気が前屈みになって、私の顔をのぞき込む。え?と無意識に聞き返す言葉が漏れた。聞き返す必要なんてないくらい、ちゃんと耳に入っていたのに。

「……それ、俺見たことないやつだ。似合ってる。すげぇ可愛いよ」

 それ、というのは、私が着ているワンピース、だろう。それが、何?似合ってる?可愛い?それ、私に言ってくれてるの?
 ぼん、と音を立てん勢いで顔に熱が集まった。顔を見ないで欲しくて、つい両手で隠す仕草をしてしまう。
 あ、やだ。違う、違うの。幼なじみの私は電気の一挙一動にこんな反応しない。しちゃいけない。ダメ、おさまって。お願いだから、

「……すげぇ顔真っ赤」
「そ、そんな見ないでよ……。だって、ほ、褒められ慣れてないから。で、電気は普段、そうやって私のこと褒めないもん。なんでそんな、真面目な顔でそういうこと言うの……」

 急に、で、デートに誘ったり、とか。
 暗にそういう疑問を込めて尋ねた。伝わったのかはわからない。前屈みのままだった電気は、少しだけ悲しそうな顔をしていた、気がする。すっと姿勢を元に戻して、私から離れ、頭をポンポンと撫でてくれる。

「……遊園地楽しみたいからさ、そういうの、後にしよう。とりあえず駅行こうぜ」

 有無を言わせない言い方に聞こえた。
 やっぱり、今日の、というか、ここ最近の電気は変だ。なんか、元気がなさそう。笑ってるように見えるけど、作り笑いに見える。時々ふと、悲しそうに目を伏せる。何が電気をそうさせているんだろう。
 遊園地を楽しんだ後なら、ちゃんとその答えを教えてくれるの?

 私は電気が好きだ。好きだから、悲しいことや辛いことがあるなら話して欲しい。そんな風に無理を、しないで欲しい。幸せに、なって欲しい。

 私が何も言わないからか、電気も何も言わなかった。
 電車に乗る時も、乗り継ぎの時もずっと無言で、彼の横顔が笑顔を見せないのが酷く不安で、心配だった。

/ 戻る /

ALICE+