わたしの才能はあなたのために




 ヒーロー基礎学の実習で、体育館γに向かっているその途中、瀬呂に肩を叩かれた。あれ、お前の連れじゃね?と。
 俺に連れなんかいない。どいつのことを言っているのかと振り返ると、嫌な顔が視界に入る。その瞬間、時間が止まった気がした。無意識のうちにこめかみがひくつく。なんでこいつが、こんなところに。

「こ、こんにちは!轟さん!」
「お前、授業は……」
「次、開発の授業です!わ、わたしの開発、轟さんがいないとできないので、パワーローダー先生に許可もらってここにいます!」

 なんで許可が出るんだ。意味がわからねぇ。
 とりあえず見なかったことにして、進行方向へ向き直る。そのままいつもより気持ち早めに歩を進めて振り切ろうとするが、ガチャガチャとした物音がついてきた。多分、その女が持っていたスパナやスケッチブックやよくわかんねぇけど開発に必要なものが入った厳つい工具セットだろう。とてつもなくうるせぇ。

「ついてこないでくれ」
「いやいやいやです!せ、せめて身体のサイズ計らせてください!」
「……遠慮する」

 あまりのしつこさに、思わず眉間に皺がよる。この、なんといったか。名前もろくに覚えていないサポート科の女生徒は、やたらと俺に絡んでくる。理由はよくわからねぇけど、俺の個性にあったコスチュームを自分が作りたい、ということだった。体育祭の時に、どういうわけか惚れられてしまったらしい。それからというもの、こうやってストーカーのように俺の行く先々に現れては、「自分に作らせてほしい」と懇願してくる。まさかヒーロー科の授業にまでついてくるなんて。本当に面倒くさい。

「あの、お願いです!わ、わ、私に、コスチューム作らせてくださいっ!絶対轟さんに合う最高のものを作ります!」
「だから、それ、断っただろ。俺はこれでいい」
「でもそれじゃあ炎の個性が上手く使えないはずです!体温調節の効率も悪いし……」
「じゃあお前以外のやつに頼むからいい」
「そ、そんな……!」

 うぐ、と目に涙を溜めて、悔しそうに唇を噛む。そうだ、早く諦めてくれればいいと一瞥して、知らん顔で体育館へ向かう。授業まであんまり時間ねぇし、こんなところでのんびりしてられるか。
 ガチャガチャ。ガチャガチャ。
 いくつ廊下を曲がっても、階段を降りても、どこまでもついてくる物音が気になる。チラリと後ろに視線を送ると、涙をポロポロと零しながら、それでも必死に追い掛けてくるその女生徒の姿があった。本当に迷惑なやつだ。こんなところまで追い掛けてくる根性だけはすげぇと思うけど。
 その様子に、今まで黙って隣を歩いていた瀬呂が「おいおい、」と声を掛けてきた。

「なんかよくわかんねーけど、可哀想だろ、コスチュームくらい任せてやれよ」
「……関係ねぇだろ」
「関係ねぇけどさ、今より良くしてくれるって言ってんならいいんじゃね?なんでそんなイヤがんだよ」

 瀬呂の言葉に、歩をぴたりと止める。女生徒は俺が歩みを止めたのに気付かなかったのか、下を向いたまま俺の背中に突っ込んできた。ドン、と衝撃はあったが、大したことはねぇ。そのかわり女生徒の方は尻餅をついて転んでいた。工具セットが派手な音を立てて廊下にぶつかっていたが、中身がぶちまけられなかったのは救いだ。
 どんくせぇ。そうは思いつつ、無言で手を差しのべる。女生徒は俺が差し出した手にすぐに気付き、顔を赤らめながら、躊躇いがちに小さな手を重ねてきた。

「あ、ありがとう、ございます……」
「瀬呂、なんで俺がコスチュームの改良をこいつに任せられねぇのか、教えてやる」
「お?おお……」

 女生徒の持ち物である工具セットを勝手に開けて、中に入っているスケッチブックを取り出した。瀬呂に見せる前に、中身をパラパラと捲ってみると、女生徒から「あ、あ、」と小さく狼狽える声が聞こえた。

「見ろ、こいつ、死ぬほどセンスねぇ」

「ブフォオッ!!」

 中身は酷い有様だった。絵が下手くそとかそんなんじゃない。ただただ服のセンスが最底辺を突き抜けて、地獄の底まで落ち切っているような、そんな感じ。どうしたらこんなセンスのねぇコスチュームを考えられるのか不思議でしょうがない。
 ああ、全く意味がわからねぇ。そりゃあもう、センスがないことが個性なんじゃないかと思ってしまうくらいに酷いんだ。謎の部品。謎の毛むくじゃら。謎のキラキラ。個人的な趣味なのか、そういったものがあらゆる部位にくっついていたり、宙に浮いていたりしている。極めつけはこの、どうやって着るのか想像もできないような不思議な造形。こんなものがきちんとコスチュームとして機能するのか、心底不安になる。よくサポート科に入れたな、お前。
 瀬呂が本格的に腹を抱えて笑い出したのを見て、元々りんごみたいに赤かった女生徒の顔がさらに真っ赤に染まっていった。

「ひ、ひ、ひどいですっ!笑わないでくださいっ!」
「ご、ごめ……でも無理だこれ……マジで無理……っっ!!」
「俺も無理だ」

 スケッチブックをその手に返すと、女生徒は大切そうにぎゅうっと抱きしめた。ううう、と一旦は引っ込んでいた涙が再びポロポロと溢れ出している。その華奢な肩を、瀬呂がぽんと叩く。

「それ轟に着せたら、写メ取って俺に送ってくれよな!」
「氷漬けにされて体中の細胞を壊死させられるのと、燃えて灰になるのと、どっちがいいんだ。選ばせてやるよ」

 無表情にそう言えば、「冗談だって……」と苦笑いをして瀬呂は後ずさっていった。誤魔化すように、ほら、もう授業始まっちまうぞ、なんて言われて、近くにあった教室の時計を見る。ああ確かに、時間はギリギリだ。急がねぇと、相澤先生に叱られちまう。

「もうついてくんな」

 ぴしゃりと、キツめに言い放った。ぐ、と、女生徒はたじろぐ。たじろいで、しかし、キッと鋭い視線を俺に向けた。足を肩幅に開いて、息を吸い込み、「わたし!」と声を上げる。

「絶対轟さんに認めてもらいますから!せ、センス、ないのだって、わかってるもん!これから頑張るもん!見た目はあれかもだけど、機能性は絶対今着ているのよりわたしの考えてるものの方が優れてるし、わたしの考え、絶対間違ってないです!轟さんが本当に、本気で雄英で一番のヒーローになりたいなら!絶対、絶対、ぜぇーーったいに!わたしの開発したコスチュームを着るべきなんだからっ!」

 しっかりと強い意志を持った瞳が、俺を射抜かんとしているようだった。ひゅう、と瀬呂が感心したように口笛を吹く。「言うねぇ、この子」白目がちの目が、どうすんの?と、暗に尋ねていた。
 しっかりと視線を合わせて、数秒。一つ、大きなため息を吐く。折れたのは、俺の方だった。

「……そこまで言うってことは、相当の自信があるんだな?」

 女生徒は、一瞬は表情を綻ばせたもののすぐに引き締め、こくこくと何度も何度も首を縦に振った。涙と鼻水でボロボロの顔を拭うこともせず、真剣に、俺の目だけを見ている。
 元々、コスチュームの改良は考えていたことだった。炎もちゃんと扱えるようにするにはこいつの言う通り、改良は必須。仕方ねぇな、と、もう一度ため息を吐く。

「……もう少しマシなデザイン、俺が考えとく。それに合わせて改良しろよ」
「っえ、」
「名前、なんつったっけ」
「あ、えっと……みょうじ……F組のみょうじなまえです!」
「みょうじな、要望書書いて今度持ってくから」

 もう付きまとってくんなよ、と声を掛けて、背を向ける。戸惑ったような、けれど嬉しさを隠しきれていない、「ふぁいっ!」という裏返った声が背中越しに聞こえて、思わず笑ってしまった。

「すげぇ子に好かれてんな、轟」
「本当にな」

 みょうじさんと付き合うことになったら教えてくれよ、なんて馬鹿なことを言う瀬呂に、ああ、と適当な返事をしておいた。そんな未来が来るのかなんて知らねぇけど、そうなったら、きっと毎日がめんどくさくて、賑やかなんだろうな。

 さっきまでうるさかったガチャガチャという物音は楽しそうにリズムを刻みながら、少しずつ遠く、小さくなっていった。

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