ずっと一緒にいるための約束




※本誌ネタバレ注意



 相澤先生が爆豪くん救出の件を厳しい言葉で言及したことで、みんな落ち込んでしまっていた。私はA組みんなで緑谷くんのお見舞いに行った時、切島くんや轟くんの話を聞いて彼らに協力をした一人だったけれど、みんなを巻き込んでいたつもりなんてなかった。そのことを切島くんたちは素直に反省していたけれど、私は違う。俯き、服の袖を強く握り込んだのは、罪悪感と反発心からだった。

 そんな最悪の空気の中、率先して上鳴くんをアホ化させて、切島くんに、周りに気を遣っていたのは、他でもない、爆豪くんだった。
 友人を友人らしく扱うことのない爆豪くんのこんな姿は初めてで、なんだか知らない人を見ている気分になる。ああ、変わったんだ。そう思った。悪い意味ではない。私は昔から再三、緑谷くんへの接し方とか、乱暴な言葉遣いとか、威圧的で高圧的な態度とか、そういうものをもう少し柔らかくするようにと注意してきた立場であるから、感慨深い、というか。ただ、彼を変えたのが私ではない、という点に於いては悔しかった。男同士の友情というのは、いつだってずるい。目を細めて、ため息を零す。

 爆豪くんの行動をきっかけに、みんなに笑顔が戻った。おいてけぼりを喰らったように、遠巻きに、ぼんやりと、その不思議な光景を見つめる。
 救出に向かった、とは言いながらも、私はは彼が助け出されてから、一度も言葉を交わしていない。と、言うよりも顔を合わせたのですら久しぶりで、周りにみんながいることも相まって何を話せばいいのかわからなかった。私たちの間柄をよくよく知っているであろうクラスメイトのうち、何人かは、その気まずさというのを感じ取っていたらしい。

「ねぇ、爆豪と話さないの?」

 他人の恋愛を見るのが大好き、と豪語する芦戸さんが、そわそわしながら私の肩を叩く。うん、とだけ返して、大きな荷物を持ち直した。話さないというか、話したくても話せない、というか。なんだか寂しいな。寂しいよ、爆豪くん。

「爆豪は話したそーにこっち見てるよ?」
「まさか、」

 口では否定をしながらも、ついそちらを見てしまうのは、ある程度の期待があるからなのだろうか。
 はた、と、思っていたよりも近い距離で視線がかち合って、びくりと肩が跳ねた。

「てめぇもあの場にいたんだってな」
「……っ、わ、私は……」
「信じてなかったのかよ。俺なら一人でもあんなヤツらブッ殺せんだよ。てめぇが、つぅか、てめぇらが来る必要なんてこれっぽっちもなかったんだ」

「おいおい爆豪そりゃねぇだろ!」

 切島くんが文句を言いにズカズカとこちらに来るのを、緑谷くんが慌てて止める。あの二人は大丈夫だから、と困った顔でフォローしてくれるのは、私たち三人が長い付き合いであるからだろう。当然、私も爆豪くんの言葉が本心だとは思っていない。あの時、切島くんの手を自ら掴みに行った時点で、爆豪くんの言っていることは矛盾してしまっているのだから。

「……心配、だったから」
「心配?んな必要ねぇっつってんだろ」
「するよ、心配。私の前からいなくなるんじゃ、って、怖かったんだもん」

 責められて悲しかったわけじゃない。その当時の不安を思い出すと、心臓が潰れそうなほどの恐怖を感じた。だから、じわりじわりと涙が滲む。
 彼が攫われた時、私はずっと恐ろしかった。不安で、不安で、じっとしているのが苦痛だった。だからこそ、大人しく救出作戦の成功を祈り、他人から与えられる報せをただ待つだけなんて、耐えられなかった。冗談じゃないと思ったんだ。
 爆豪くんがいなくなる。それは想像するだけでも耐え難く、辛い。なら、自分に出来ることをしたい。一目でいいから会いたい。助けられるものなら、助けたい。相澤先生はああ言って叱ってくれたけど、そう思うのは、そんなにダメなこと?私が子どもだから、わからないの?
 潤む瞳が目に入ったのか、爆豪くんはぴくりと頬を引くつかせて、僅かに仰け反る。焦りの色が、微かに見えた。

「は、オイ……」
「爆豪くんが、悪いんじゃん……!勝手に攫われて、みんなに心配掛けたのは、爆豪くんだもん……!」
「ハァ!?ふざっけんな!だとしても!なんでてめぇが助けに来る必要があるっつぅんだよ!」
「爆豪くんが不甲斐ないからでしょ!」
「ふ、ふが……!?」
「残される私のことも、ちょっとは考えてよ!爆豪くんみたいに、強くなんかないんだから……!」

 視界が、涙の膜によってぼやけていく。自分の中にモヤモヤと溜まっていたありったけの感情を吐き出して、悔しさに奥歯を噛み締めた。
 悔しい。合宿の時、爆豪くんが狙われているのはわかっていたのに、まんまと敵に一杯食わされてしまった。「来んな」と言われて、一瞬怯んだ。彼の性格上、誰かに助けてもらうことを良しとしないのではと、動けなくなった。何の資格も持っていないばかりに、爆豪くんの命を他人に預ける形になってしまった。切島くん達と救出に向かっても、実際に助けたのは私じゃない。友人である切島くんだ。あの瞬間、手を差しのべたのが切島くんじゃなくて私だったら、きっと爆豪くんは手を掴んでなんかくれなかった。結局、私は、何もできなかった。

 とめどなく溢れる涙は、いくら拭っても限りがない。情けないことに、後悔ばかりだ。悔しい。私、だって、こんなにあなたのことが好きなのに、攫われる瞬間を前にしても、指をくわえて見ていることしか出来なかったなんて。

「……な、な、泣くんじゃねぇよ!」
「泣かせてるのは爆豪くんだよ!強いくせに、簡単に攫われちゃって!私も、みんなも、どれだけ心配したと思ってるの!」
「んなこと知るかよ!」
「知ってよ!もっと気にかけて!理解して!私、爆豪くんがいないと生きていけないんだから!」

 珍しく爆豪くんは羞恥を感じたらしい。瞬く間に顔を赤くさせて、すぐにそれを隠すように手の甲を持っていった。その赤みも一瞬で霧散してしまったけれど、表情だけはいつもと違う。明らかに、狼狽していた。
 爆豪くんの前で泣くことは、あまりしたことがなかった。彼は面倒を嫌うから、私が泣くと鬱陶しがる。でも、今だけはそんなこと知らない。心配させる方が悪いもの。もっともっと、ボロボロと涙を零して見せつけてやればいい。もっともっと、爆豪くんを困らせてやれ。

「………なまえ、」
「……なに」
「……わ、……っ」

 わ、なに?わるかったって言いたいの?
 口を薄く開いたまま、だけど爆豪くんから言葉はなかなか出てこない。当たり前だ。こんな場所で、こんな注目を浴びて、あの爆豪くんが素直に謝罪の言葉なんて口にするわけがないのだから。
 絞り出せない言葉は諦めたのか、爆豪くんは忌々しそうに舌を打って、面倒くさそうにため息を吐いた。

「くそ、だから、泣いてんじゃねーよ」
「だって、ほんとに。すごく、心配した」
「ンなもん知っとるわ」
「じゃあ、もう二度と勝手にいなくならないで。私のこと、置いて行かないで」

 懇願だ。私は、お願いだから、と駄目押しでその身体に縋り付く。だけど爆豪くんは小さく喉を動かしただけ。やっぱり、いくら待っても明確な返事はしなかった。
 そんな爆豪くんの行動は、私の胸をチクリと刺した。彼のプライドは、最早私なんかじゃびくともしないくらいに肥大化してしまっているらしい。それとも、この場だから返事がなかったのかな。二人きりであったなら、蚊の鳴くような声でも返事はあったのだろうか。
 彼の服に掛けていた手を、虚しさからそっと外す。ああ、本当に、この質問だけは、返事が聞きたかったなぁ。

「あーもう爆豪!女の子いじめちゃダメじゃん!」
「わ、芦戸さん……」
「ちゃんと返事くらいしてやれよなー!」
「んだとコラ!黙ってろしょうゆ顔!」

 爆豪くんの態度を見かねてか、芦戸さんと瀬呂くんをはじめ、今まで黙って傍観していたクラスメイトがやいのやいのと私たちの関係について意見を述べ始める。切島くんなんかは爆豪くんの隣にやってきて、「俺らジャマ?先に中に入ってよーか?」なんて尋ねていた。そうだ、いつまでも荷物を持ったまま外にいるのは、相澤先生じゃないけど時間の無駄だ。こんな重い荷物、いつまでも肩に掛けているのもつらいし。
 もう、話終わったから。大丈夫。ごめんね。芦戸さん達に笑って言うと、爆豪くんが「終わってねぇよ」と苛立ちを隠しもせずに言い放つ。え、でもこれ、さっき終わったじゃない。爆豪くん、だんまりだったし。まだ何か言いたいことがあるの?

「こっちこい!」
「は、え、ちょ!待って、荷物!」
「切島にでも持たせとけ!」

 私の荷物をふんだくって、ぶん投げる爆豪くん。慌てたように切島くんがキャッチしてくれたけど、いやいや、ちょっと、なんてことを。
 ぐいぐいと無遠慮に引っ張られる腕に引き摺られるように、先ほど上鳴くんが放電させられた草影まで連れ込まれてしまう。爆豪くんは相変わらず怒っているけれど、何に対して怒っているのか全くわからない。ほんと、意味、わかんないんだけど。

「ちょ、爆豪くん、なに!」
「やかましい!何も終わってねぇんだよバカ女!」
「ば、バカって……!」
「悪かったっつってんだろ!」

 私の言いたいことなんかなんにも言わせない。いつもそうだ。爆豪くんは私の話なんか何も聞いてくれやしない。
 今だって、どういうことなの。こちらの言葉を遮りつつ、唐突な謝罪をした。つってんだろ、の意味がわからないけど、とりあえず、一応は。

「……それは、何に対しての悪かった、なの?」
「アァ!?わかれよ!」
「わ、わかんないよ!だいたい、話の流れめちゃくちゃだし!」
「るっせーな!二度とンな口叩けねぇようにしてやんよ!クソが!」
「口悪い!クソが、じゃないでしょ!」
「そこじゃねぇだろ!ニブいんだよバカ!てめぇこそ俺んことわかれや!」
「だからわかんないって言ってんじゃん!全然わかんない!」
「だ、っから……!」

 イラッという擬音がしっくりくる顔で、血管を浮かせながら爆豪くんは奥歯を噛み締め、頬を引くつかせる。私は私で終わった話をほじくり返され、なおかつ意味不明なことで怒鳴られて納得がいかないので、引き下がるつもりなんて毛頭なかった。
 埒が明かないと思ったのかなんなのか、一度、盛大な舌打ちが聞こえた。その直後、強い力で胸ぐらを掴まれ、ぐいっと引かれる。顔の近くに顔を持ってこられて、さすがに焦ってしまう。

「ば、爆豪く……!」
「一度しか言わねぇからな」

 え、と、短く声を発す。この距離で視線を合わせるというのに、羞恥心よりも、何を言われてしまうんだろうという不安の方が大きいのだから相当だ。爆豪くんは、睨みつけるように鋭い視線を私にぶつける。目を、逸らせない。
 一度、心を落ち着かせるためなのか、爆豪くんは深く、静かに呼吸をした。

「もう二度と、勝手にいなくなったりしねぇよ」

 さっきの私の言葉を使って、彼は、そんなことを口にした。直前までギラギラと殺気立っていた眼は、嘘のように穏やかだった。
 爆豪くんが、本当は優しい人だという事は知っている。頭の回転が早くて、周りの空気もちゃんと読める彼のことだから、本心で申し訳ないと思ってくれているのだろう。僅かに伏せられた瞳に様々な感情が入り乱れているのがよくわかる。自分なりに一生懸命にその気持ちを精査して、伝えようとしてくれていることも。ああ、たまに見せるこういう顔、好きだなぁ。高鳴る心臓の音が、はっきりと自分で聞き取れた。
 予想外のことに沈黙した私を見て、いたたまれなくなったのだろうか。視線をさ迷わせて、明らかな動揺を見せたあと、突然「あー!クソ!」と叫び声を上げた。

「……っだから!クソが!てめぇこそ二度とバカみてぇな無茶すんじゃねーぞ!いいか!今回無傷だったのはマグレだ!クソ弱ぇクソ個性で敵に立ち向かおうとすんな!クソ弱ぇくせに!大人しく俺の言うことだけ聞いてりゃ俺が一生守ってやんよ!つーか今すぐ雄英やめろ!ヒーローなんか向いてねぇんだよ!クソ弱ぇんだから!」

 無茶苦茶なことを散々怒鳴り散らして、爆豪くんは肩で荒い呼吸を繰り返す。所々に悪口が混ざっていたように思うけれど、要するにこれは、心配されているのだろうか。ヒーローを目指すな、戦うな、守られていろ、と。
 至近距離の迫力に思わず「わかった」と返事をしてしまったけれど、しまった、と思う。雄英やめろって言われたのに、わかったじゃないよ。やめるわけないじゃん。爆豪くんは叫ぶだけ叫んで落ち着いたのか、ゆっくりと私の前襟から手を離した。

「雄英、やめて欲しかったの?」
「弱ぇんだから、来る意味ねーだろ」
「それは、だって、爆豪くんと一緒にいたかったから」
「…………ほざいてろ、バカ」

 素っ気ない一言を残して、爆豪くんは小石を蹴り上げながらみんなのところに戻ってしまった。直後、女子をはじめとする賑やかし組に囲まれて、本日何度目かの怒号を浴びせている。やかましいんだよクソが黙れ!って、ああ、みんなに丸聞こえだったんだ。そりゃそうか、そんなに距離離れてないのに、あんな大きな声で叫んで。恥ずかしいったらありゃしない。

「……一生守ってくれるんだって、」

 誰に報告するわけでもなく、小さく呟く。知らず知らずのうちに嬉しさで笑みが零れてしまった。流れはどうあれ、言われて嫌な言葉じゃない。好きな人から言われるのであれば、なおさら。
 私だけがみんなの元に戻らないことを、不思議に思ったらしい緑谷くんが「大丈夫?」と心配して来てくれる。嬉しいのは当分収まりそうになくて、ふふ、なんて笑いながら「大丈夫」と返事をした。

「みょうじさんとかっちゃんのことだから、心配はしてなかったけど……。でも、良かったよ。みょうじさんが幸せそうだから」

 そうだね、幸せだ。
 ちゃんと無事に帰ってきてくれたもの。勝手にいなくなったりしないって、約束してくれた。一生守ってやるとも。一生だよ。少なくとも爆豪くんは、一生、私の側にいてくれるつもりらしい。これが、嬉しくないわけないじゃない。
 緑谷くんがもう一度、本当に良かった、と口にした。その言葉に込められた様々な意味が伝わってきて、私も一つ、うん、と頷いた。

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