いじわるララバイ




「え、今日上鳴誕生日なの?」

 そりゃオメデトウゴザイマス。
 至極どうでも良さそうな声が教室に溢れる雑音の中に消えた。ピンクとクリームの毒々しい色をしたチュッパチャプスを舐めながら、制服姿で胡座を書き、肘をつきながらデビューしたてのニューヒーローを紹介する月刊雑誌を読んでいるみょうじは、俺の絶望の眼差しにも全く態度を崩さない。みょうじの机で同じように肘をついている耳郎も耳だけこちらに向けていたらしく「へぇ、オメデトウ」と雑誌に向かって抑揚のない声色で述べた。ドウモアリガトウゴザイマス。けど、二人ともせめてこっち見て言ってほしいかなー、なんて。

「いや、あの、プレゼントとか」
「あるわけないじゃん。今知ったんだから。そういうの先に言っといてよねー」

 そう言っていちごオレのパック持ったみょうじはストローに口を付けて、ずここ、と音を立てた。チュッパチャプスにいちごオレですか。口ン中すっげー甘そうだね、うん。甘いの好きだもんね。俺にも分けてよ。食べ掛けのチュッパチャプスと飲みかけのいちごオレでいいからちょうだいよ。仮にも、っていうか、俺、彼氏なのに。え?彼氏だよね?
 切島が俺の背後に音も無く立ち、ぽんと肩に手を置いてきた。慰めてくれんの?と振り向くと、口を押さえてプルプルと震えていた。

「上鳴、ドンマイ」
「ドンマイ」

 ニヤニヤと笑う切島と、その隣にいる瀬呂がとてもとても喜んでいるのがわかる、わかるぞ俺には。リア充の不幸は蜜の味ってか。みんなひでぇ。ドンマイ役は瀬呂のはずだったのに。

「っていうか!言ったよ!俺言ったじゃん!二ヶ月くらい前に言った!誕生日6月29日だって!言った!」
「えー!?せめて一週間前とかに言ってよ……。つーか二ヶ月前って入学してすぐで、まだ付き合ってない時じゃん」

 カレンダーを確認したのか、みょうじがスマホを操作しつつ溜め息を吐いた。女々しい。面倒臭い。そういう感情を隠すことなく態度に表す彼女を見て、夢なら一刻も早く覚めてくれと思う。ショックを隠しきれない俺に「あーそれならしょうがない。上鳴が全面的に悪い」と耳郎が追い打ちを掛けてくるからもう本当に散々だ。いや、いやいやそうかもしれないけどさ!みょうじも「だよねー」とか言わないで!
 耳郎とみょうじは、やはりこちらも見ずに淡々と「男ってほんとバカだよねー」みたいな話をし始めて、俺はもう自分がどんな悲惨な顔をしているのかさえわからない。切島瀬呂に加えてとうとう峰田までもがバカ笑いをし始めたので、今なら血涙が絞り出せる気がする。ほんとみょうじひどい。俺の告白には二つ返事でオーケーしてくれたのに。

「あー面白かった!ねぇ耳郎、雑誌持って帰って読む?」
「あ、読む!来月はウチ買うよ。その時貸す」
「さんきゅー!」

 漸く雑誌から目を離してくれたみょうじは、「さぁ帰るよ!」とだけ言って立ち上がる。それからものの数秒でチュッパチャップスの棒の部分とぺコンとへこんだいちごオレをまとめてゴミ箱に放りなげ、耳郎と別れの挨拶をし、一人で荷物をまとめて颯爽と教室を後にしようとしていた。
 まだ鞄すらまとめていなかった俺はそのあまりのスピードに慌てて、とりあえず鞄と、机の上にぶちまけたままの筆記用具とノートを抱えて後を追う。廊下に出たところで、あ、やべ、今日の数学の宿題机に入れっぱなしかもと思い出し、取りに行くか否かを数秒悩む。しかし遥か遠くにあるみょうじの後ろ姿を見て、すぐに宿題の方を諦めた。明日の朝急いでやるか、誰かに見せて貰えばいいや。切島とか瀬呂とか芦戸とかならジュース一杯で手を打ってくれるだろう。くそう、それにしてもみょうじ足めっちゃ早ええ。

「上鳴ィ!おたおめー!がんばれよー!」
「おたおめー!くじけんなよー!」

 背中に声援を受けて、ぱっと振り返る。切島と瀬呂が教室の窓から顔を出しているところまでは想像出来ていたが、二人揃って親指を立ててアホ面を晒しながらウェーイとか言っているのは流石に無理。噴く。ブフーッと噴き出してそのまま、バカお前らやめろよ!と半笑いのまま言い返してしまった。ちょっと、いや、だいぶバカにしてるんだろうけど、でもちゃんと祝ってくれるあたりお前らやっぱいいやつ!短くお礼の言葉を返して、みょうじの後を追うため走る、走る。
 廊下を駆け、階段を飛び降り、そうしていると途中何度か抱えたままのペンケースからシャーペンやら定規やらがボロボロと落ちた。うわ、くそ、タイムロスだ。けれど。
 いや、それにしても足早すぎじゃね?俺男だし、こんなに走ってるのに追いつけないなんて。あの細っこい足でなんであんな競歩並の速度が出るんだ。
 がちゃがちゃパサパサと筆記用具やノートが音を立ててうるさい。早く追いつかないと。早く、早く。
 一目惚れの片想いが実って、やっと。やっとこの手に捕まえたのに、逃げられそうだ!
 下駄箱のところまで降りてきた時、漸くその姿が視界に入った。もう靴も履き替えて、綺麗で高級そうな下駄箱に背を預けて俺を待ってくれていた。

「上鳴おっそ!」
「いやいや!みょうじが!は、早すぎるんっだ、って!」

 おっそ、って。なんであのスピードで息切れしてねぇの?超人かよ!いや確かにみょうじはA組で3本の指に入る成績優良者だし、運動神経も抜群だし、爆豪程じゃないけどいろいろな才能に恵まれてるすげぇやつだけど!
 息も切れ切れにみょうじに「ちょ、ちょっとだけっ休みませんかっ?」と言ってみると、ほんとバカだなーなんて笑った。

「ダメダメ。早く鞄整理して、靴履き替えなよ」

 教室でのやり取りよりこころなしか優しい口調で言われて、俺は思わず返事に吃る。うわ、可愛い。超絶可愛いんだけど。超最高。心の中で無茶苦茶褒めちぎって、息を整えつつ、だけどスピーディに動作を済ませる。

「よし、行こ!」

 再び歩き出したみょうじの背中をまたしても追う形になって、今度は離されないようにと慌ててその手を掴む。ほとんど無意識の行為に自分自身驚く。同じく少しだけ目を見開き、驚いたような顔をしたみょうじは、だけど照れることはなく細い指を俺のそれに絡めてきた。所謂恋人繋ぎになってしまって、俺の方が赤面、困惑する。うわ、男らしい。こういうところ見習いたい。カッコイイ。

「って、どっか行くのか?帰るんじゃなくて?」
「さっきスマホから予約したの。上鳴が前に見たいって言ってたヤツ、まだ上映してたよ。だから映画見に行こう?私のおごり」

 開始時間まで余裕ないから、ちょっと急ぎめね、と続けられても、俺の頭では理解が追いつかなかった。え、え?と頭の悪そうな声が無意識に漏れる。え、えっと。うそ、マジで?

「マジで。上鳴、誕生日おめでとう」

 最高の笑顔でそんなことを言われて、完全に不意を突かれてしまった俺はつい、顔を真っ赤にしてしまった。何この子。ほんとイケメン。可愛いのに。俺よりちっちゃくて俺より細いのに。なんでこんなにカッコイイの。
 思わず手で顔を覆うと、「女子か!」と突っ込まれてしまった。いや、だって。みょうじほんと好き。俺と付き合ってくれてありがとう。大好き。

 神様、仏様、みょうじ様。

 ほんと、最高のプレゼントをありがとう。もう俺、この日のこと一生忘れません!

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