ミレニアム


 古来より神の寵愛を受ける土地があった。南北に別れるエデュリニア大陸である。エデュリニア大陸には二つの大きな川がある。ラダーム大河とシシリナ川だ。別の山脈を源流に持つこの二つの大河は、海へ流れ出るのは仲良く共になってからだ。その合流地点に大国アルケイディアはあった。
豊穣の象徴である大河を一身に抱え込むアルケイディアは、古代から人類の進化の先人を切っていた。故にこの国に対して羨望を抱くものあり、また疎まれる存在でもあった。その内一つはアルケイディアの北部にあった。ラダーム大河の上に位置するデツェン王国である。古来より森の狩人として生きてきた彼らには、エルフ族との交流があるという強みがあった。デツェン王国の王位を継ぐ者は全てエルフ語を習得する義務がある。それほどまでに孤高の種族との関わりを重要視してきたのだ。
 それに比べアルケイディアは無節操ともいえる国策だった。アルケイディアを大国にしたのは大河からの恵みだけではない。彼らは周りの部族、他種族、蛮族達を「取り込んで」きた。制圧するでもなく滅ぼすのでもなく、全てを受け入れ取り込んでいくことによって大きく領土を広げていったのである。アルケイディアの住民は宗教、習慣、肌の色から背丈まで実に様々であり、まとまりがない。このじわりじわりと広がる染みのようなやり方は、周辺国にとっては脅威であった。
 この二つの大国が巻き起こす戦は、まさにエデュリニア大陸の制覇者を決める戦いであり、世を統べる王者を決めるものだった。
二つの大国の睨み合いを、周辺国はただ傍観していたわけではない。戦火の飛び火を懸念し防衛に尽力する国、台頭のチャンスをうかがう国、その二つの流れ両方を抱え込む国、と実に様々だ。
 そんな中、シシリナ川南東にあるウルの国では4人の大臣が途方に暮れていた。女王がいなくなったのである。
代々、女王が治めるこの国では女性の力が強い。その頂点である女王は統治の手腕もさることながら、美しい者が多かった。周辺国の領主達の間では「ウルの女王の微笑みをいただく」という言葉が生まれるほどだ。単にウルへの訪問を意味する言葉なのだが、それ程に女王は人気者であった。
 その女王がある日忽然と消えてしまったのだ。

 マルク暦1000年。ミレニアムに相応しく、華々しい戦火を巻き起こす気配で溢れるエデュリニア大陸。アルケイディアは10の種族、12の民族、8の国立教会を抱え込むまでになっていた。

 アルケイディアの首都アルカドよりはるか遠く、剣型の山脈が連なる厳しい土地にて。若木を体現したかのような青年マリクは途方に暮れていた。
「参った」
マリクがそう白状したところで、救いの手は出ない。なぜなら彼は今、一人で埃くさい倉庫にいるからだ。元から手入れの良いとは言えない茶の髪をくちゃくちゃにする。
彼が途方に暮れる理由、それは目の前の箱にある。中にあったワインボトルは割れ、芳醇な匂いが充満しているが、それを楽しむ余裕はない。これはボルドウィン辺境伯に届けるはずであった。それをマリクがうっかり台無しにした、というのが理由である。
 ボルドウィン伯爵は次に都に戻った際には、長官になるのは間違いないと言われる重要人物だ。しかも出来た人間に多く見られる『寛容』という要素がすっかり抜け落ちた男でもある。これがマリクの髪がくちゃくちゃになった理由だ。
 のちにエデュリニアの英雄となり、世界の舞台に躍り出る青年は、今はカビにまみれた倉庫からも出られない有様であった。

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