受け止め方


こんな事を聞いたら貴方はなんて答えるか、私には気になった。私よりも遥か数百年前に生まれ世を流れてきた貴方は、何を思うのだろうか。

「あなたは、こうして人の体を手に入れた事を嬉しく思いますか…?」

陽が落ちて、橙の色味が増してゆく夕暮れ時の空は何とも言えないほど切ない。

かれこれ何時間この縁側に腰掛けているか。もう既に中庭で遊んでいた今剣や藤四郎兄弟の短刀達は、晩御飯の呼び掛けが聞こえた途端この場から去って行った。

驚くほどに静まった空間。今は、私と三日月だけが残されている。

私の隣に腰掛けていた三日月が、ゆったりと立ち上がろうとした。おそらく晩飯を食べに食堂へと向かうのだろう。しかし私はそれを止めるように声を上げた。

更に強く食い止める様に三日月の腕を掴み、瞳を見つめる。すべてを見透かすように揺れる瞳の奥の三日月。この瞳を見ただけで、この方がどれだけ偉大か、身に染みるほどわかる。

少し怯えというものを感じ三日月の腕を掴む力を緩めた。
すると三日月は立ち上がるのを止め、静かにもう一度私の隣に腰掛ける。

遠くに聞こえる刀剣達の声が更に心を締め付ける。

「私は、不安で仕方がない。…いつ元の姿に戻ってしまうか。」

なぜ私が答えてしまっているのだろうか。おそらく私は、ただ聞いてほしかっただけなのかもしれない。微かに震える唇。それでも零れてしまったのならもう止むことはない。

「人ってこんなにも、様々な感情を持っていたんだね。」

喜び、悲しみ、怒り、感動、まだまだある。この世に顕現し、初めて実感することのできた感情。それは、とても素晴らしいと思った半面、とても複雑であった。

感動しているわけでもないのに零れ落ちる涙。深く呼吸をして食い止めようとするも次々と流れ落ちてくる。

こうして今、私よりも遥か昔に生まれた存在が隣にいる喜び。こうして言葉を交わし、触れることもできる。そして抱くことの出来た淡い感情。

もし、この戦いが終わればその存在は消える。いや、元に戻るのだ。そして感情という特別な授かりものも消える。こんなにも悲しい事はあるだろうか。

ふとぼやける視界が、深く青い世界によって埋め尽くされた。同時に感じる温もり。どうやら私は三日月に抱き寄せられているらしい。

何も言葉を発することなく、ただ黙って包み込む温もりに更にうめき声が上がる。

こういう優しさがダメなんだよ。更に私の心を締め付けるんだよ。

「おれは、嬉しくてたまらないぞ」

三日月の言葉に思わず私は瞳を大きく見開いた。
なぜこんなにも率直に言えるのだろうか。私は、三日月の胸に埋めていた顔を上げる。そしてしっかりとその瞳を捉える。相変わらず、この世を天から見下ろし、善意は勿論、憎悪、嫉妬、悪意をも受け止めるような包み込むような寛大な瞳をしている。

「どうして…元の姿に戻ってしまったら、何もかも…私が貴方に抱くこの感情さえ無くなってしまう」

震える声。最後の方は、ほとんど言葉になっていなかっただろう。
だが、三日月の表情は変わることない。

この世を生きる年数が違うだけでこんなにも物事の捉え方、受け止め方が違うものなのか。
私は、この瞬間まだ自分がどれだけ幼いか身に染みた。
だからこうして、貴方に甘える。

私はもう一度、三日月の胸に顔を埋めた。
頭を撫でる三日月の手は温かい。