ヒーロー
朦朧とする意識の中で、強情に閉じようとする瞼を精一杯に開けて視界に映るその後ろ姿を目に捉える。
この世につい先程舞い降りた様な闇染まりのない純白さ。危機的な状況でいつも彼は現れる。
いとも簡単に、私が苦戦していた目の前の敵を返り討ちにしてしまう勇ましさを感じる刀さばきなのに、私の方に振り返った彼の顔は、この戦場には似つかわしく無い表情をしていて、深く痛手を負っている自分が逆におかしく思えた。
「お…鶴…」
わずかな声量で名を呼べば、どこか嬉しそうに片手を上げている。
「よっ!俺みたいのが突然来て驚いたか?」
「突然って…毎度毎度…もう驚きなんか無いわ…」
自身の刀で今にも崩れそうな体を支える私の腕を取り、女の私からしても華奢に思える肩に回された。
「大丈夫か?」
俯く私の顔を覗き見て問いかけ鶴丸。私は、この白を基調した彼を私の血で赤く汚してしまう事に少し心が引けた。けどこのまま支えを失ってしまうと崩れてしまう。それに、安心感で満たされる。
「お鶴は、不思議だね。…どうしていつも、私がやられそうになった時に現れるんだろう。」
「なんでだろうな」
本当は、やられる瞬間を狙って登場してるんでしょ、と冗談交じりに口にすると、参ったという様に眉を下げ笑みを浮かべ否定する鶴丸。
何か私に話し掛けている見たいなのだが、私の耳に入る音が何もかも遠くに感じてきた。
「お鶴…ごめんね。ちょっと眠くなってきちゃった…」
自分の発する声も遠くに聞こえ、いよいよ限界かと思った瞬間、視界に映る景色が途切れ途切れになり、私は意識を手放した。
最後に見た鶴丸の顔は今までに見たことがない程に不安げに歪んでいた。
目を開けた時に最初に見えたのは、毎朝目にする木造りの天井。どうやら無事に本丸へと帰還出来たらしい。
寝起きの為ぼーっと天井を眺めているとふと下半身に痺れと、左手に圧をかけられる温もりを感じた。いつもの様にこんのすけが私の上で寝ているのかと恐る恐る上体を起こして見ると、太もも辺りに鶴丸の後頭部が置かれ、非常に寝心地の悪そうな体勢で静かに寝息を立てながら眠っていた。
おそらく私をここまで運んだのも、枕元に置いてあるタオルを見る限り痛みで額に汗を浮かべそれを拭って看病してくれていたのも鶴丸なのだろう。
私は、空いている右手で鶴丸の髪に触れた。
「ありがとう、私のヒーロー。」
左手に添えられた鶴丸の手の温もりに、心までも包まれる様に満たされ瞳を閉じ自然と溢れる小さな笑み。
いつ彼は目覚めるのか。
でも、もうしばらくこのままでも良いと思った。