君は僕のお姫様




「主様!」

いつもだったら、しっかりと襖の前で声を上げ、主様からの返事が有り次第、入出するのだが、今回は抱えてる問題が爆発寸前で、居ても立っても居られず失礼も承知で勢いよく襖を開けずかずかと入ってしまった。

「わっ!びっくりした!…プリンセス、どうしたのそんなに慌てて…」

当然、主様は肩を大きく跳ね上げさせ、私に訝しげな視線を向ける。そんな主様の前に、かしこまった様に正座し、一度軽く頭を下げ、騒々しい行動に反省を示し、バッと顔を上げ、何か訴える様な視線を注いだ。

「髭切との同行任務を控えて頂きたい!…もはや組んで欲しくないのです!」
「…なぜ…?」

目を丸くして首を傾げる主様。私は、きょろきょろと周りに誰もいないことを確認し、たまに長谷部がいたりするからね…念のため、声を潜め告げた。

「…視線を感じます。」
「…視線?」

主様からのオウム返しに、うんうん、と大きく頷くが、あいかわらず主様は目を丸くしている。

「…ふと視線を感じるなあ…と思って其方に目を向けると髭切様がいらっしゃるのです!」
「気のせいなんじゃな〜い?」

意を消してようやく言えた事なのに、主様は目を細め疑う素振りを見せる。私は更に言葉を続けた。

「それに…横取りされます…」
「…というと?」
「私が相手している敵を髭切様が切ってしまうのです!」
「またまたあ〜」

こんなにも必死に伝えているのに…遂には、腕を伸ばしストレッチしながら茶かす主様。私はトドメノの一言を発した。

「現に私ここ最近の任務、無傷。主様のお世話になっていません!」
「…確かに…!」

私の言葉に大袈裟に後ずさり目を見開きながら唖然とする主様。どうだ、と勝ち誇った様に苦笑すると、主様は何か考える様に、うーん、と腕を組んだ。

なんだか物凄く深く考えている…額に皺が寄ってしまってるではないか、そこまで悩ませるつもりは無かったのだが…

「主…様…?」

顔を覗き込み、不安げに声をかけると、パッと顔を輝かせる主様。大体、この表情を浮かべる主様は、斜め上の発言をする…

「まあ、プリンセス女の子だし!良いんじゃない?」

ニカニカと笑みを浮かべる主様。私は眉を顰め、主様の陽気な色を浮かべる瞳を真っ直ぐに見つめた。

「主様!…私、主様のお力になりたくて刀を握っております!」
「大丈夫。プリンセスは十分私の力になってるよ。…この男しかいない空間に女の子がいるだけで大分気持ちが緩むの。…いてくれるだけで十分。」
「主様からその様なお言葉を頂けるのはとても嬉しいのですが…」

うーん、と少々納得がいかないと項垂れていると、肩に手を添えられた。しぶしぶ顔を上げると、主様の何かを企んでいる時の黒い笑みが私の目を捉えている。

「…じゃあ、早速だけど、任務…よろしくね!」

ニコッと破顔する主様だが、とても良い意味で笑っているようには見えなかった。しかし、私は逆らえないという様な気持ちと主様の圧に押され、はい、と身を竦めながら返事をした。


▽△▽


「やあプリンセス、今日も一緒だね、張り切っていこ〜う」

無邪気に片手を上げて気を引き締めている様だが、きっとそれを見ている私の顔は酷く引き攣っているのだろう。見送りの為、縁側に出ている主に鋭い訴えかけるような視線を注げば、鋭い睨みに屈しない張り付けた笑顔で小さく手を振っていた。時にこのお方は意地悪い気がする。

「さあ行こう、プリンセス」

髭切は、ふわりと柔和な笑みを浮かべ私に向かってエスコートする様に手を伸ばしていた。これも毎度毎度の事だ。紳士的なのだが、これから私たちが向かう場所は舞踏会などではない戦場だ、どうも髭切といると気が狂うというか…。

「ええ、行きましょう。」

私は吹き抜ける風のように髭切の行動を無視した。おや、と抜けた様な髭切の声が後ろから零れ聞こえたが、すぐに髭切は私の後ろに着いてきた。私は餌付けなどした覚えは無いのだが…まるで餌付けされた猫の様に着いてくるではないか。私はそれに煩わしさを感じ小走りに前を歩く大和守と加州の間に割って入った。これでシールドを固めてしまえば近づけまい…勝ち誇った様な表情で振り返ってみると、先ほどよりも遠くの距離で髭切はニコッと笑みを浮かべ私に向かって胸元で手を振っていた。まるで私を見守っているかのようで、不可解に思えた。勿論、手を振り返すことをするわけもなく、髭切に対する不可解を振り払う様に正面に向き直った。


▽△▽



「じゃあ、作戦は二手に分かれる様な形で良いよね?」

作戦内容を口にしたのは今回の隊長である加州だった。今回の任務構成員は隊長加州清光率いる大和守安定、私、そして髭切の計四体だ。つまり二人二人で分けることとなる。ここで髭切と一緒になってしまったら私は今回の任務も何の手柄もなしに終わってしまう…。そして当然のように加州と安定、髭切と私で境界線が見えた…

「まって!ちょっとまって…ペア、じゃんけんで決めよう!」

躍起になって声を上げると「なにそれ」と如何にも呆れた様な言葉を零す加州に「まあ、まあ…良いじゃん、偶にはこういうのも」と温厚な言葉をかける安定。そして私も必死に訴えかける様な視線を注ぐと、面倒くさいと言うよな素振りを見せながら最初はグーのグーを構える加州。そして私は満足気に笑みを浮かべ、ジャンケンをしたのだが…

「はい、結局、俺と安定。髭切とプリンセスね。」
「あはは、不思議だね〜」
「さあ、プリンセス、僕たちはこっちから行こう」

つくづくとジャンケン運の無さに肩を落としていると既に加州たちは行動に移していて取り残された髭切と私は加州たちとは逆の方から行くこととなった。

普通の速度で歩けば同じように並んでくるし、ゆっくりと歩けば、そんな私に合わせて歩く髭切。だから早歩きで一歩二歩前を歩くことにした。どうやら早歩きは性に合わないらしく、私の隣には並ばず一歩二歩後ろを保ってくれるらしい。それでも気は収まらないが、隣に並ばれるよりはマシだ。

「今日は何体倒せるかなあ」
「…さあね。」
「そう言えば僕の弟…えーっと…なんだったかな。」
「…膝丸ね。」
「ああ、そうだあ」

弟の名前ぐらい覚えなさいよ、と心の中で呆れた様に突っ込む。なぜこんなにもピクニックに訪れたように朗らかなのだろうか、と後ろを着いてくる髭切に目を向ければ、ゆったりと語っていて私が向いていることに気が付けばニコッと笑みを返してきた。会話をするのも、うとましいと感じ、私は更に歩く速度を上げた。すると後ろの方で髭切の「一人になると危ないよ」と言う声が私を止めようとしたがそれが逆に癪に障った。私だって戦う事は出来るのだから…例え突然茂みから敵が現れたとしても…

「プリンセス!危ない!!!」

髭切の張り上げる声に足元に視線を下げていた顔を上げると、まさかの例え通りに突如茂みから遡行軍が一体現れた。しかし、刀を抜くタイミングが一歩遅れた事で私は、間に合わない、と斬られる事を悟った。ところが気づいた時には、もう髭切が私の前にいて、敵は黒い靄と共に風に乗り消えていった。たったほんの一瞬の出来事に漠然としていると、髭切が私の方に振り返りいつもと変わらないニコッとした笑みを浮かべた。しかし、額には痛みに耐えかねた僅かな汗が見える。ふと髭切の腕を見ると、深く切られておりそこからは真っ赤な血がぽたぽたと垂れていた。

「あなた、腕から血が…!」

私が慌ててその腕を取り、応急処置の為にハンカチで抑えようとするとグッと腕を引き「大丈夫大丈夫」と笑みを浮かべた。

「そんなことよりも、プリンセスに怪我がなくて良かった。」

髭切の言葉に私は大きく目を見開いた。どこまで、お人よしなのだ。私が変に意地を張って距離をおかなければ髭切が斬られることは無かったのに…髭切の私を安心させるように浮かばせる笑顔が逆にキューっと心が閉塞する様な痛みとなった。

本丸に帰還すると、早速主様が出迎えに着て、髭切を見るなり、ハッとした様な表情と共に私に視線を向け私の表情で察したのか、少々厳しめの口調で髭切を手入れ部屋へと流していた。そして私は髭切に謝らなければならないと思い、髭切の部屋の前の縁側に膝を抱え、髭切が戻って来るのを待った。髭切が私を庇った時、そして私に向けた無理やりな笑み、傷口から滴る真っ赤な血、それらが頭の中で鮮明に走馬灯の様に駆け巡った。

「プリンセス?」

頭を髭切の事でいっぱいにしていると柔らかな声色で名を呼ばれた。その声の主が誰だか直ぐに察することの出来た私は其方に勢いよく顔を向ける。そこには私に、どうして僕の部屋の前にいるの、と問う様に不思議そうな表情で見つめる髭切が立っていた。私を庇った時に出来た腕の傷はしっかりと包帯で巻かれており、そこから感じ取れる痛々しさに眉を寄せ、伏目がちに視線を落とした。すると、髭切は私の隣に「よっこいしょ」とその場の空気を和ませるように呟き、座った。私は、おずおずと髭切に目を向けた。

「怪我…痛む…?大丈夫…?」
「ちょっとね、でもそこまでのものじゃないよ。」
「…ごめんなさい…私が変に髭切を避けていたから…」

主様に治療を受けた後の切られた箇所を覆う包帯を目にすると罪悪感と自分に対しての遣る瀬無い気持ちが込み上げて唇を噛み締める。するとそんな私の気持ちに察した様で髭切は「気にしない気にしない」と魔法をかける様に繰り返した。

「でも、やっぱり僕避けられてたんだね…」

それはちょっと悲しいな、と肩を下げる髭切に私は、なぜそんなに私を気遣うのかを思い切って聞いた。すると髭切は、うーん、と考える様な声を上げた、そしてその顔は難題を解くような知恵を振り絞るような堅苦しものではなく、明日は何をたべよう、僕の弟の名は何だっけ、とかそんな楽しそう頭の悩ませ方をしていた。そんな髭切の応えをじーっと引き込まれる様に見入っていると、髭切はニコッと私に微笑み「それはね」と無邪気な、それでも落ち着きのあるゆったりとした口調で発した。

「プリンセスは僕にとってお姫様なんだ。」
「え…」

髭切の言葉に思わず当惑の声が漏れた。彼の口からその様な言葉が出るのは変ではなかった、寧ろどこか異国の王子様の様でしっくりと様になっていた。だけど、まさかそれが自分にかけられるものだとは思わなかった。だから頭の中で必死にその言葉を論破する口を捜していたのかもしれない。

「でも、私たち主様の為に戦っている…そしたら主様がお姫様じゃないの…?」

私の言葉に髭切は腕を組み先程よりは頭を凝らし考える様な仕草で空を見上げた。どうだ、というようにその横顔に目を向ければ月の光でブロンドの髪が煌めいていて幻想的に美しかった。本当に王子様の様だ。吸い込まれる様に見入っていると髭切も私に顔を向けニコッと笑んだ。

「主は女王様だよ、僕たちの暮らす本丸という名の国を統べる女王様…だから君は、お姫様なんだよ。」

もう私は髭切の言葉を説き伏せる事が出来る様な言葉を見つけることが出来なかった。ただしっれと、お姫様、と口にしてしまう髭切に対して羞恥が込み上がった。普段、いや寧ろ初めて言われたのだから、そう呼ばれることに対しての免疫など備わっていない。頬が物凄く熱くなるのも無理もない。

「女王様の為に自ら戦いにでるお姫様を守らないとね。」

更に私を畳みかけてくる髭切に私の心は、もうもたなかった。