思いを込めて




僅かに太陽の光が差し込み始める朝、とは言ってもまだ濃厚な色味の雲が空を仰い尽くしていて眠る者たちを起こすほどでは無い。

辺りを見渡せば、かたい畳の上で何人かの刀剣達が寝息を立てて雑魚寝している。この様な状況と部屋に充満する酒のツンとした匂いが昨晩の模様を蘇らせた。

月に一度か不定期で開催される宴。参加者はほとんどが短刀以外の刀剣達。日によって参加者は疎らだ。勿論、必ず参加する好事家もちらほらといる。私は誘われるがままに流されてしまって強制参加。無論、他の刀剣達と同じ様に畳の上で雑魚寝していた。

しかし深い眠りにつくことも出来ず重い瞼を開けると、私の目に映ったのは、下を向いた長いまつ毛、酒を浴びる様に飲んだのに一切浮腫みのないシュッとした端正な顔立ち、静かに寝息を立てる三日月だった。焦点がはっきりとした瞬間、わっ、と小さく声を上げて体を起こした。私の声で起こしてしまっていないだろうか、と恐る恐る顔を除き込むと、瞳はしっかりと閉ざされていて眠っていた。

ふう、と安堵の息を零し、まるで癒されるような気持ちで三日月を見つめた。そう言えば、三日月も今回の宴には私と同じく強制参加であった。おじいちゃんを労わりなさいよ、と主催者に言えば、三日月は酒に強いから大丈夫、だなんて浮ついた言葉を上げて…でも、三日月は確かに酒に強かった、一切顔色も変えずに淡々と喉を潤す様に酒を流していた。

私は恐らく誰よりも先に落ちただろう。だから、どれほど三日月が飲んだか分からないが、ここで雑魚寝しているとすると限界まで飲んだのだなと、お疲れさまの気持ちも込めて微苦笑した。

 酒瓶、徳利、おつまみと、散らかり放題の机を片そうか、と考えたが、ふと視界にちらつく三日月を見た瞬間、その気は失せた。なぜなら、三日月の美しい顔を見ていたかったからだ。普段から三日月と過ごす時間は他の刀剣達と比べると多い方だと思う。天気の良い日は共に縁側でお茶を飲むし雨の日は屋内で他愛のない話もする、任務だってよく同じ隊に編成される。しかし、それでも三日月のどこか隙の無い、悠々とした佇まいに恐れ多い気持ちになる事があり、直視出来た事が無かった。こうして隙あり放題で眠っている三日月なんて、直視し放題じゃないか、と私は思わず口がにやけた。恐らく他者が見たら相当不審な笑みだと思う。

そーっと除き込むと、やっぱりどこを見ても劣りのない美しい顔立ちだった。今私は三日月を独り占めしていると、思わずご満悦に笑みが零れた。そして更に触れたいと思った。普段よく、私の髪を撫でてくれる三日月、そのお返しに、と理屈づけて深い青みの髪に手を伸ばした。さらに顔を綻ばせ、思わず声に出そうな程喜びが溢れそうになった。

そう気を抜いた瞬間、三日月がこちら側に向けていた体を逆方向に向けた。即座に髪に触れていた手を引き、胸に寄せ、起きてはいない、と安息の息を零した。私に背を向ける状態となった三日月。意図的ではなく偶発的に背を向けられただけなのにそれが何だか少し物淋しくなった。そして私はズルズルと悩むことなく、勢いで三日月の背に並ぶように身を寝転ばせた。自分の心臓が酷く鼓舞している。そーっと手を伸ばして三日月の背に触れると、心臓がきゅーっと締め付けられた。

「…好き。」

静けさで包まれた空間にポツリと零した囁き。眠っているのを良いことに思わず口にしてしまった。悪戯をしている時のようなハラハラ感に堪えきれず小さく笑った。三日月の背は規則正しく呼吸に合わせて大きくなったり小さくなったりを繰り返している。

兼定は三日月といると調子が狂うって、三日月のマイペースさにお手上げ状態だけど、他の刀達よりも長く生きている分、知恵も豊富で困った時、悩んだ時は必ず言及してくれる。そして、刀を持つと目つきもキリッと鋭くなって、身が縮こまってしまうくらい強くて、且つ美しい…朗らかでも、しっかりと皆を見守っている様な温かい頼りがいのある背中…そんな三日月の事ばかり考えていたら更に心臓がキューっと苦しくなった。でも、それ程私は三日月の事が好き。そしてもう一度、今度は口先だけじゃなくて、心から思いを込めて。

「好き。」

そう口にした瞬間、三日月の背が反転し、起きてしまった、と思った時には私の背に腕が回されて三日月の温もりに包まれた。まさか、抱き締められるなんて思わなかった、心臓が大きく跳ね上がり、動揺で頭の中が空っぽになってしまった。唯一名を呼ぶことは出来て、「三日月…?」と問えば、私の髪に顔を埋め、更に密着する様に背に回る腕の力が強まった。

三日月は何も口にしない。そして次第に静かな寝息が聞こえてきた。でも、それで良かった、このまま誰も起きないで欲しい、ただそれだけを思って私は瞳を閉じた。