ヒーローなんていない2
name change
ドアを開けた瞬間の沈黙と一斉に浴びる視線が嫌い。
おはよう、と言える相手もおらずそのまま席につこうとすると、私の席に片足を上履きのまま椅子に乗せて行儀悪く座る女子がいる。
机の横に荷物をかけても無反応。
困るのを知ってて、私を無視して後ろの男子と喋っているのだ。
無言の圧力をかけたり私の反応を見て楽しむ様子の女子に対して何も言えず、カバンの中の本を取って急いで教室を出た。私みたいな地味な女には後ろの男子も周りも冷たいと思うと悔しくて涙が溢れてきた。
窓の外を見ればこの前と同じような青空。
ふと、つらい時は守沢千秋のことを思い出した。
あの言葉は、たぶん私の支えだ。
図書室で時間を過ごし、チャイムが鳴って担任が入るのと同時に私も教室へ戻った。
HRで担任から他校のお手伝いの募集の話を聞かされた。他校というのは、近隣の夢ノ咲のアイドル科。ライブの補助が主な作業内容らしい。
「6人ほど募集するから、やりたい子は手を挙げて。」
アイドル科という言葉に食いついて1人挙げ、その子の友達が数人挙げた。
「あと1人、誰かいない?」
行ったら守沢千秋に会えるかな、と少しだけ想像したせいだ。
「名字さん、やってみる?」
どうしてうちの担任はこんなに空気が読めないんだろう。輪に入れていないから入れてあげようとでも思ってるの?
手を挙げた子たちが「いいじゃん、やろう。」と言いながら嘲笑している。
「じゃあ、決まりね。お願いします。」
そうして、私たちは5日間、放課後に夢ノ咲へライブの補助をしに行くことになった。
■■■
職員室の先生方に挨拶を終えてライブの打ち合わせに参加した。
今回のライブは流星隊とfineというユニットが出演するそうだ。生徒会長に言わずに進めているとのことでいつもより人手が足りないから私たちを呼んだらしい。
「5日間世話になるな!!!!よろしく頼むぞっ☆」
守沢千秋や流星隊の皆さんと面識があることは、手伝いのメンバーには何故か黙っておいた方がいいと思いはじめまして≠ニ挨拶しておいた。
守沢千秋と目が合ったが、すぐに目をそらした。
打ち合わせが終了し、作業に入った途端後ろから大きな声が聞こえた。
「おい!!!はじめまして≠ニはなんだ!?俺と名前の仲だろう??」
「そんな仲良くないですし。」
「俺は名前があれからどうしているのか心配だったぞ。照れ隠しをせずに素直になれ!本当は抱きしめてほしいのだな!?そうなのだな〜!!」
「や、やめてください。」
がっしりと肩を掴まれ前後に振られた。
■■■
「ライブの補助って結構面倒くさいねー。」
「セットの色塗りとかなんで私たちがやらなきゃいけないのって感じ。だいたい、アイドル科の人たちと仕事できると思って来たのにこれじゃあ話もできないじゃん。」
ろくに仕事もしていないのに、先程からずっと彼女たちは文句を言っている。
「あ、ねぇねぇ。」
急に静かになり、私が持っている刷毛と板が擦れる音だけになった。そうかと思うといきなり彼女たちは大声で喚き出す。
「はー!?!?それどういうこと??」
「なんでアイツが守沢さんと・・・!?」
恐らく、さっきの話し声が耳に入ったのだろう。
私が誰と知り合ったって彼女らには関係ないことなのに。
「信じらんない。」
そう言って、私の横に置いてあった絵の具の水を蹴った。スカートだけでなく大切なセットまで濡れてしまった。じわじわと汚い水の色で染まっていく。
「退いて。私たち帰るからあとよろしく。」
ろくに塗りもせずに触っていただけの道具をこちらに投げ捨てて帰ろうとしたその時、投げた物が当たって大きいセットがバタバタと大きな音を立てて脚の上に倒れてきた。
「おい!!大きい音がしたが大丈夫か!?!?」
「も、守沢千秋・・・・・・たす、けて。」
「打ち合わせの時から不穏な空気は感じていたが、お前たち!『可愛いもの』イジメはやめろ!!」
「はぁ!?」
私も珍しく彼女に同感だ。
この状況で意味のわからない冗談は止めてほしい。
「大丈夫か?名前。」
セットを退けてもらい、守沢千秋の手を掴んで立とうとした。
「いたっ・・・。」
「・・・っ!保健室、行くぞ!!乗れ!!」
「え、いやです。歩きます。」
歩きだそうとするとどうしても足首が痛くて動けない。
「ほら、早く!!!」
どうすることもできず、屈んでいる守沢千秋の肩に腕を乗せた。
■■■
守沢千秋の広い背中に温かさを感じながら、朝のことを思い出していた。
あの子たちより可愛くなくても、助けてくれる人がいた。優しくしてくれる人がいるという事実が何よりも嬉しかった。
「守沢千秋・・・」
「ん?なんだ??」
誰もいない廊下に私と守沢千秋の声が反響した。
「可愛いものイジメって何ですか。弱いものイジメの間違いですよね。」
すると守沢千秋は立ち止まった。
「お前は弱くないだろう。」
「え・・・」
「お前は充分色んなものと頑張って戦っているだろう?弱くなんかない。・・・・・・だから可愛いものイジメだ。」
だめだ。
この人の素直な言葉はわたしの弱った心に痛々しく浸透する。わたしのことなんて全然知らないくせに。とか、可愛いって思ってるの?なんて可愛くない台詞が脳内で浮かんでは発することなく消えていく。
このまま涙を流したら守沢千秋の服を濡らしてしまうな、と思っても自力では止まらず勝手に流れた。
守沢千秋はわたしが彼の首元に顔をうずめて泣いていることを知っているくせに黙って背負い続けてくれた。
「俺がお前のヒーローになる」という言葉が浮かんできた。本当にそうみたいだ。
20160824
ALICE+