風邪をひいた日


「ごほっ、ごほっ、」

「……風邪ですか?」

「そんなことないと思うけど…きっと誰か噂してるんだね」

「噂で出るのはくしゃみであって咳ではありませんよ。」

「…あは、そうだねって言ってる間に!なんで離れていくの!千里!」

「当たり前じゃないですか。普段乙丸さんと二人で走り回っている健康優良児の貴女が風邪を引いたんですよ。そんな強い風邪菌なら僕もかかってしまうかもしれないじゃないですか。」

「えー!ならかかって二人仲良く、療養といこうではありませんか!」

「嫌です!」



追いかける私とそんな私の側から逃げ出す千里。


このときはまだ咳がでる程度だったのだけど。それから1日後、状態は一変して


「風邪だと思う。ヒヨコさん呼んでくる」




起きれない…!


朝、頭がぽーとして、節々が痛くて思うように身体が起こせなかった私。

朝ごはんも諦めた頃、本日の同室の七海が、なかなか起きてこない私を心配して様子を見にきてくれた。



だけど声をかけても起きようとしない私を不思議に思ったのか、近くまで寄ってきた。

七海が二人に…だっただろうか、そんな言葉を聞いておでこに手を当てた七海はそう告げた。そのあと、連れてこられたひよこさんによるとやはり昨日の風邪が悪化したようで絶対安静が下されてしまった。










「あ!苗字ちゃん、気がついたんですね」



あれからどのくらい経ったんだろう。まだ外は明るいしお昼くらいかな。目を覚ますと、椅子に腰掛けたこはるが見える。看病のしかたなんて本を読んでいたみたい。


「……こはる?」

「はい。あ!お水、飲んでください!脱水症状になったら大変だって…?」



こはるの手に握られたコップはストローが指してあって、顔を横にしただけでも、水を体内にいれることができたけど、それすら辛いなんて熱、結構高いんだろうな。

「………」

「……#name1ちゃん?」



こはるの声が子守唄のように心地よくて私はまた目を閉じる。おやすみなさいというこはるの声と額に乗せられた何かが冷たくて気持ちがいい。


朝と違って七海じゃなくてこはるがいるのはきっとこはるが看病をかって出てくれたんだろうな。
あ、でもそうなると今日の当番駆たちだけでやらせることになるってるんだ……。



それに、


『私、これから毎日呼びに来るからね!』




千里にしたあの約束、破っちゃった…。









「こんにちは!せーんーりーくーん!遊びまっしょ〜じゃなくてご飯届けに来ましたよ」

「……」

「……千里くーん!」

「……そんなにドンドン叩かないでください。ご飯ならいつも言ってますがそこに置いておいてくださるだけで充分です」

「えー。そしたら千里くんに会えないでしょ?おはよう!千里くん」

「……おはようございます」

「そういえば今日はどう?このままお散歩でも」

「1人でしてください。僕はこのご飯を頂きますから」

「ご飯食べた後にでも!」

「行きませんよ。僕に構わないでください」

「そんな寂しいこと言わないでさ〜。ね?」

「僕の事なんてどうでもいいじゃないですか」

「んー。よしわかった。私これから毎日千里に会いに来るから。ご飯もこれから毎日呼びに来るからね!」




懐かしい…。今でも鮮明に覚えてる。

そんな約束をしたのはまだ千里が舟に乗ってきたばかりのころ。それから毎日毎日呼びにいって。出てきてくれないときもあったし、駆くんに無理やり出されたり…。


とりあえずそんなに長い間でもないけど約束通り行ってたのにな。



「……ん、」

「目が覚めましたか?」

「…………」

「苗字さん?」

「……せん…り?」

「はい。お水飲みますか?ひよこさんから薬も預かっていますし、食べられそうならと宿吏さんがお粥も用意してくれましたよ」

「……せん、…なんで、…ひっく、」



辺りはもう暗くなっていて、千里の姿がぼんやりとしたのからはっきりと映ると、涙が溢れて、溢れて止まらなかった。


「え。どうかしましたか?あ、それともやっぱり僕なんかに看病されたくありませんでしたか」



そっか。これは夢なんだ。
千里が私の看病に来てくれるなんて。だって昨日すごく嫌がっていたんだもの。


「ごめ……ごめんね千里……。私約束、守れなくて…」


「……あの、泣かないでください…」




そっと、控えめに目尻につけられるハンカチ。


止まらないそれが、千里の綺麗なハンカチを濡らしていくのが回らない頭でもちゃんとわかって顔を上げると、千里が膝をついて、微笑んでくれた。



「……今日はとても幸せな日だと思ってました。結賀さんには虐められないし、外も騒がしくなくて。でも……何か、足りないんです」



千里の笑顔は魔法がかかっていると思っていた。
だって、千里が笑うと私まで嬉しくなるから。



「今日は凄く静かだったんです。それもそうですよね。いつも聞こえてくるはずの貴女の声が聞こえなくて、外に出てみても、いつもはすぐに見かけるのに姿も見かけることなくて……。」

「ごめんね……」

「貴女が謝る必要はないです。だから、貴女はいつも元気でいてください。笑ってください。僕はそんな貴女が好きだから」

「……うん。」



優しく微笑む千里に手を伸ばすと、ビクッと肩を揺らしてだんだんと頬を赤く染めていく。


「もう少し、このまま……」


ぎゅっと握りしめた千里の手はひんやりとしていて気持ちいい。



「……はい」



風邪を引くのも、悪くないかなって思った日。

2017,1,13



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