いちにさんで魔法が解けた
剥ぎ取られた青


なかなか寝付けずに寝返りばかり打っていた夜。遠くから怪盗キッドを追っているのだろうか、パトカーのサイレンが聴こえ、いつもより少し騒がしい夜。わたしは、昼間と同じ内容の深夜のニュース番組に出演している高校生探偵の工藤新一を見つけて、静かに音量を下げた。

「ーー君の依頼には不自然な点が二つある。それがどういった理由なのか教えてくれない限り、僕は君の依頼を引き受けるつもりはない」

二つ返事で引き受けてもらえると思っていたわたしは、思わず目を見開いて数秒ほど黙りこくってしまった。

東の高校生探偵として有名だった工藤新一が突如姿を消したと思えば、しばらくして姿を現したのにはなにか理由がある。その理由が知りたくて依頼を申し入れた訳では決してないが、わたしが知りたいことと工藤新一が行方をくらましていたことが繋がると思っている。おそらく、そのことに工藤新一も気付いているのだろう。控えめに、でも、射抜くような視線に悪寒を感じたほどだ。

「……理由、ですか。依頼料の方はきちんのお支払しますので、そのことには目を瞑って引き受けてください」

依頼内容はフリーの編集者をしている叔母を捜してほしいということだ。叔母と言っても、歳は七つ離れているので叔母と言うよりも近所のお姉さんのような関係性だったが、その叔母が半年ほど前から連絡がつかない。両親に訊いても知らないと首を振り、時折会う親戚の人達に訊いても、やはり首を振るばかりでなに一つ手がかりが見つからずじまい。

藁にも縋るつもりで帰って来た工藤新一にそのことについて依頼を申し入れた。

「……君の依頼には二つの不自然な点があると言ったよな。一つ目は、いくらフリーの編集者だと言っても、半年も連絡が取れずに家族も会社も捜索届を出さないのは変だ。二つ目。君は本当は、ご両親や親戚の方になんて返事をされたのか。それを教えてくれない限り、僕は君の依頼を引き受けることは出来ない」

長い捨て台詞を言い放って、工藤新一はわたしに背を向けた。まだ三年しか経っていないというのに、すごく懐かしい気持ちになった帝丹高校の制服を着た工藤新一を、わたしは呼び戻せなかった。

その日の夜。わたしは全くもって寝付けずにいたため、寝静まった部屋から逃げ出すように、リビングから繋がっているベランダへと出た。赤いランプが遠目に確認出来、白いなにかが上空を掠めて行ったことに気付いたのは、ベランダの柵にマントを靡かせて目の前に降り立った気障な怪盗が現れたからだ。

「ーーこんな夜更けにどうされたのですか、お嬢さん」
「か、怪盗キッドと知り合いになった覚えはないんだけど……」

どきまぎする心臓を抑え込むように胸に手を当てて状況を把握する。何度目を見張っても、そこには怪盗キッドが立っている。おいそれと手を伸ばし、すぐさま飛んで帰ってもらうにはここは高すぎだ。

「面白いことをおっしゃる。今宵、この私めを呼んだのはお嬢さんの方ですよ」

瞬きをするたびにモノクルの奥にある瞳が揺れ動く。大胆不敵で気障な怪盗は鳥肌が立つほど誘い文句もお上手だと感心していれば、「お嬢さんはなにか、困っていることがあるのですね。おそらく、私でしたらそれが叶えられるでしょう」などと言ってのけたではないか。わたしの困っていることと言えば、工藤新一に依頼を引き受けてもらいたいことだが、それが怪盗キッドとどんな関係があるというのだろうか。

よくわからないといった風に首を傾げて見せれば、怪盗キッドは不敵に笑みを浮かび上がらせ、わたしの手を取った。

「怪盗の敵は誰だと思います? そう、探偵です」
「……はあ」

跪き、わたしの手の甲へ唇を落とした怪盗キッドに驚く暇もないまま、すぐに立ち上がり、自らの胸元へと引き寄せられる。

「つまり、お嬢さんと私には利害関係が発生すると思いませんか?」

大胆不敵で気障な怪盗はモノクルで隠した片目を除いても、とても綺麗な顔でわたしを見下ろす。不覚にもどきりとした胸の高鳴りを隠すように、わたしは勢いよく怪盗キッドを押し退けた。

「……わ、わたしに、怪盗の手伝いをしろと?」
「まさか! そのようなことをお嬢さんにさせるつもりはないですよ」

大げさに肩を竦めたものの、その表情はどこか勝ち誇っているようなもので。わたしに拒否権はないということを、頭の隅でぼんやりと理解した。

「……わたしが怪盗の手伝いをすれば、工藤新一は依頼を引き受けてくれるのでしょうか」

ダメ元で頼んだ訳ではなかったが、ああも断られてしまうとは工藤新一はわたしが黙っている理由に気付いているからだと思う。それを確信に変えないために依頼をした。わたしは、真実を事実だと認めたくないからだ。

「……以前、キッドキラーと呼ばれていた小学生がいたのをご存知ですか?」
「え? ああ、確か、よく財閥のお宝を守ったとか……」
「ええ。そのキッドキラーにはしてやられたことかは多々ありますが、彼は私に借りがあるのです。探偵は難儀な生き物だが、とても律儀です。彼に頼めば、きっと引き受けてくれるでしょう」
「でも、そのキッドキラーもここ最近見かけなくなりました、けど……」

一時期、テレビや新聞でもキッドキラーと呼ばれた小学生が有名だった。何度か美術館に行って、遠目にその現場に出会したことがあるが、借りがあるということは個人的に親しかったのだろうか。

「次の予告状はお嬢さんに向けてお出しします。それと、このことは探偵にはご内密で」

ぱちりと軽快にウィンクまで飛ばしてきた怪盗キッドに頬が引き攣る。そして、軽やかにベランダの柵に飛び乗り、後ろ向きに下へと落ちて行く姿に、わたしはまた別の意味でどきりと胸が高鳴った。


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