どんなに自己管理をしていても季節の変わり目には如何してこうも風邪を引いてしまうのだろうか。焼けるように痛む喉と、ズキズキとする頭、寒いのか暑いのかよくわからない体温に朝から私は布団の上から動けないでいた。今日が休みでほんとうによかった。薬を飲んで1日中寝さえすれば、明日には少しくらいマシになってるだろう。
一人暮らしで風邪をひくのは、今回が初めてだ。こちらに来てから、あまりホームシックというものになったことはないが今は少しだけ実家が恋しい。 、、なんて思っても帰れるわけじゃないんだけどね。
薬も飲んだことだし、起き上がってもどうせ何もする気にはなれないことはわかってる、もう一回寝るとしよう、そう思い瞼を閉じて1分もしないうちに、枕元の携帯が震えだした。、、誰からだろう。きっと今の私の声は聞くに堪えないくらいガサガサしてるだろうから、あまり電話には出たくない。、、無視しようかな。

しかし、画面に表示された名前を見てそうもいかなくなった。



「も、もしもし」


『お前、、声どうした?』


「風邪ひいちゃいました」


ああ、こんな嗄れた声を中原さんに聞かせてしまうとは、、恥ずかしい。


「、、どうかされたんですか?」


『いや、夜飯に誘おうと思ったけどその様子じゃ無理そうだな。、、今家にいるんだよな?』


「?はい、、朝からずっと布団の中です」


『わかった、待ってろ』


待ってろって、どういう事ですか、
そう聞こうとした瞬間、プツリと切れる電話。待ってろって、まさか、中原さんうちに来るつもりじゃないよね、、?いやそんなまさか。


「ゲホッ、ゲホッ、、、」


そうは言ったものの、もし私の予想が当たって中原さんが来たら、何も出さないわけにはいかない。せめて、お茶くらいは用意しとこう。普段より重い身体を動かし、お湯を沸かす。部屋の掃除は、昨日仕事から帰った後したから大丈夫か。来客用のカップを食器棚から出していると、ピンポンと呼び鈴が鳴る。、、、まさか。
ガチャリと、鉄製の扉を開ければそこにはビニール袋を提げた中原さんが立っていた。



「、、、手前何してんだよ」


「えっと、お茶の用意してました」


「はあ?!莫迦か!待っとけっつったろ!」


「えええ。、、それより中原さんはどうしてうちに、、?」


「あ?んなもん見舞いに決まってんだろ。入るぞ」


私の事なんか御構い無しに家に上がる中原さんは、「病人は向こうで寝とけ」と私を指差す。ここ、私の家なのに。



「か、風邪移っちゃいますよ、、?」


「んなヤワな作りしてねえよ。台所借りるぞ。んでもってみょうじは横になっとけ。いいな、動くなよ」


念を押すようにそう言われては、布団に入らざるをえない。情けないなあ私。ていうか中原さん、お仕事中だったんじゃないのかな?こんな事してて大丈夫なんだろうか。それに中原さんはああ言ってたけど、もし本当に私の風邪移しちゃったらどうしよう。
とか何とか考えているうちに、薬の副作用のせいかはたまた風邪で体力がないからか、私は中原さんが家に来ているというのに、いつの間にか眠ってしまった。




**********




ひんやりとした手が、おでこに触れた感覚にゆっくりと目を開ければ、ぼやけた視界が中原さんをとらえた。


「悪りぃ、起こしたか」


「、、、いえ、すみません、寝ちゃってました」


「むしろそれでいいんだよ。熱、だいぶ高えな」


「でも、今朝よりはマシになりました、たぶん」


少しだけ楽になった身体を起こし、そう言えば「飯、食ってねえんだろ?」と訊かれたので頷く。ご飯を作る元気もなかった上に食欲もなかったから今日は薬と水以外口にして入れていない。ふと、何やらいい香りが鼻を掠めた。そこで、気づく。中原さんの手に、白い湯気がゆらゆらとたちのぼる、雑炊の入ったお椀がある事に。


「、、、中原さんが、作ってくれたんですか?」


「他に誰がいるんだよ。ほら、食え」


ふうふうと、匙ですくい冷ましたそれを私の口元に寄せる中原さんの行動に思わず顔が熱くなる。この人は無自覚でやっているのだろうか。


「じっ、自分で食べれますよ」


「あ?いいから病人は黙って食え」


木製の匙を渡すつもりのない中原さんに、観念した私はいわゆるあーんをしてもらった。恥ずかしい、恥ずかしすぎる。何いい年した大人が、あーんなんかしてもらってるんだ。


「美味いか」


「、、美味しいです」


「そうか、ならもっと食え」


結局、完食するまで私は中原さんに雑炊を食べさせてもらった。熱がせっかく下がった気がしたのに、さっきから熱くて仕方ない。



「鍋に残りがあるから、また後で食っとけ。それと冷蔵庫に果物とか水菓子とか、食べやすそうなもの入れといた」


「ありがとうございます、、それより、中原さんお仕事は?」


「抜けてきた、けど今から戻る。いいな、ちゃんと寝とけよ」



私に謝る隙も与えずに中原さんはじゃあなと、帰って行った。あんなに焦って帰るくらいなら、お見舞いなんて来なくても良かったのに。
そう思うくせに、さっきから私の顔はだらしなくにやけっぱなしだ。中原さん、まるでお母さんみたいだったなあ、なんて本人に言ったら怒られそうだけど。






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