「タイムリミットは今から30分後。評価が低かった奴は補修だ。心して合理的にゴールしろ」
担任である相澤のこの一言で、1−Aの本日のヒーロー基礎学が開始された。
今回の授業は実戦訓練だ。
2人1組になり、次々と襲い掛かる敵役のクラスメイトを撃破しゴールを目指さなければならない。ゴールに到着する事が目的であるため、敵役を必ずしも倒す必要はない。
この訓練は味方の数に不利が生じたときを想定しているためクラス全員で行う必要があり、時間と体力を要する。そのため、何日かに分けての実施となった。
今日はその初日。敵役の生徒たちは目をギラギラと輝かせ、ヒーロー役をボコボコ――否、ゴールさせまいと意気込んでいる。
「ゲヘヘヘ、イケメンをぶちのめす絶好のチャンスだぜぇ……」
「顔やべえぞ峰田」
砂藤が思わずひきつった顔で指摘するほど敵役らしい顔をしている峰田。
そう、クラス中の熱い視線を受ける1組目のヒーロー役となったのは轟だった。
クラス屈指の実力者である彼と戦える、そして(多分)勝てる!ということで一部の面々はいつも以上にやる気に満ちている。しかし轟は至極冷静で、周りの視線を意に介した様子もなくいつも通り堂々と立っている。
切島はそんな彼の隣に座りこむ、ヒーローコンビの片割れに目を向けた。
「パートナーは指動か」
「あいつ未知数だよな〜。いっつもゲームしてるイメージしかねえや」
切島の呟きに上鳴が反応した。
指動遊。背は高いが猫背で細身。常にゲームをしていてクラスメイトとの関わりは薄い。とてもじゃないが戦いが得意には見えない男だ。個性把握テストの際も目立った成績はなく、除籍になってしまうのではと心配されたものだった。しかし、緑谷のように何か1つでも良い成績を残したわけでも無いのに何故か除籍にはならず、現在までのらりくらりと生き残っている。実に不思議な存在だ。
「指動、お前の個性なんだ?」
轟が謎多きパートナーの事を少しでも知るために声をかけた。
個性すら把握しないまま連携を取ることは非常に難しい。
しかし指動の反応はなく、ゲームに熱中し忙しく指を動かしている。
「おい。聞け」
ついに待ちきれず指動の耳からイヤホンを引き抜くと、ようやく彼の視線がこちらを向いた。
「訓練。先生の話きいてたか?」
「――あ〜、わり。聞こえてなかったわ。センセーの話は聞いてた」
「ならいい。お前の個性教えてくれ。あと5分後には始まっちまう」
ちらりと時計を見ながら轟が指動を急かした。
もう時間がない。クラスメイト達は既にどこかに隠れたのだろう。周りには相澤と、少し離れてはいるが真ん前に立つ爆豪、尾白の姿しかない。予想はしていたがどうやら奇襲作戦のようだ。正面の2人は引きつけ役といったところか。
何にせよ、コンビを組む訓練である以上指動との連携は必須だ。
「個性ね。とろろきくんは氷と炎デショ?クソかっけーチートのやつ」
「とろ……チート……?」
「俺はコレ」
そう言って指動が自身の手に握られたコントローラーを見せる。
「遊ぶの、チョー得意」
無表情のままピースサイン。
轟はここで即座に彼の情報収集を諦めて作戦だけを伝える事にした。
時間がない。個性はやりながら知ればいい。切り替えの早い男である。
「お前はとにかく突っ走ってくれ。俺の個性は人数が多くても通用するから、敵の相手は俺がいい」
「走るの苦手なんすけど」
「……気合いだ」
「えいおー」
調子が狂う。
そう思いながら、轟は指動から視線をそらし前を見据えた。
まずは爆豪と尾白。爆豪を抑える事ができるだけでもかなり結果は変わってくるだろう。彼の戦闘に関するセンスの素晴らしさは十分理解しているつもりだ。
「んじゃ始めんぞ。レディー……GO!」
相澤による合図と共に一斉に駆け出した。
こちらの作戦を読んでいたのだろう、爆豪も尾白も真っ先に指動を狙っている。
「想定のうちだな」
轟は右手を構えて周囲を一気に氷結させ、指動と爆豪たちとの間に壁を作った。
意外にも指動の反応は早く、すぐさま方向転換し壁を避けてゴールを目指している。
「邪魔してんじゃねえ半分野郎が!!!」
いとも簡単に氷の壁を爆破で破壊した爆豪が、轟に向かって猛突進した。
轟を潰せば指動は敵に囲まれ立ち往生する羽目になる。強い彼を潰すのは同じように戦闘が得意な爆豪がいい。短気なくせに冷静な爆豪らしい判断だと轟は思った。
「だが、それも想定していた」
「ああ!?」
爆豪を無視し、轟は全力で走り出す。
「無視すんじゃねえ!!」等の怒声が聞こえるが振り返らない。
この訓練は時間をかければかけるほど体力的にこちら側の不利になる。とにかくスピード勝負。こちらから仕掛けて敵の頭数を減らすのが手っ取り早いと轟は判断した。そのためには指動の先を行き、敵を徹底的に潰していく必要がある。
「行かせるか〜〜〜!」
「轟くん、覚悟!!」
崖の上から峰田が轟に向かって個性をもぎって投げ飛ばし、さらに芦戸が酸を放出した。
すぐに氷で防御壁を作って回避するが、芦戸の酸で溶かされて一時的な凌ぎにしかならない。
その隙を狙い、緑谷が背後から攻撃を仕掛ける。それをギリギリのところで避け、轟は態勢を立て直すべく緑谷から距離をとった。
「チッ……!」
「さすが轟くん、避けると思ったよ!」
その言葉にハッとして先ほど峰田たちが居た崖の上に視線を向ける轟。
峰田と芦戸の背後に八百万の姿が見えた。よく見れば彼女はライフルを構えているではないか。
「――!!」
照準は轟ではない。
前方を走る、指動だ。
「指動!!方向変えろ、ジグザグに走れ!!!!」
慌てて声を張り上げるが時すでに遅し。
銃口から弾が連続で放たれ、それらは光のごとき速さで指動に向かって行く。
――やられた。
まだ終わっていないというのに轟はそう思ってしまったし、敵役のメンバーの中には既に勝利を確信し喜んでいる者もいた。
「減点対象だ」
相澤が呟いた。
爆豪と尾白に追われながらゴールへとひたすら走っていた指動は、轟の声に反応してくるりと後ろを向いていた。
目線を合わせ、素早く指を動かしてコントローラーにコマンドを入力する。
「左下A右上B」
するとどうだろう。彼を追っていた爆豪と尾白の動きが突然止まり、ふらりと倒れてしまったではないか。
「えーーー!?ちょちょちょっとヤオモモー!?」
「お、おかしいですわ…!確実に指動さんを狙いましたのに!」
芦戸が八百万の肩を掴んでガクガクと揺さぶり、八百万は驚きのあまりされるがままになっている。
八百万が放ったのは催眠弾だ。
当たれば凄まじい眠気に襲われ、すぐに眠ってしまう程の強力な効果を誇る。
狙いが外れたと芦戸は思ったようだが、そうではない。八百万は完璧にライフルを使いこなしてみせた。
では何故爆豪たちが倒れているのか。その理由にいち早く気付いたのは緑谷だった。
「指動くんが、弾をコントロールしたんだ……!!」
そう。
指動が瞬時に発動した個性により、弾は方向を変え、爆豪と尾白に命中したのだ。
予想外の展開に敵役だけでなく轟まで驚きを隠せない。
「とろろきクーン。ごーる」
「!」
相変わらず気だるそうな指動に声をかけられ、轟がハッとして走り出す。
切島や飯田がそれに素早く反応するが、指動は彼らを“見ていた”。
「わり、今日新作ゲームの発売日だから早く帰りて―の。補修受けるわけにいかんのよ」
上上下下右A右B。
目にも止まらぬ速さで入力されたコマンドにより、切島たちは石のように動かなくなった。
そしてあっさりと轟がゴール。予想外の終結に誰も言葉が出なかった。
そんな中、未だに闘志を燃やす者がひとり。
「て、っめ、……っけんな、ぶっこr……」
「うお。まじ?ばくごークンまじ?それ象にも効くやつっしょ」
爆豪勝己。
首に催眠弾を受けてなお、ギリギリのところで意識を保っていた。
これには指動も驚きを隠せないどころかドン引きである。
「てめ、だ……は、ぜって……ぶったおす……!」
「ごめんて。こえーよ」
こうして、授業は指動の個性を知っていた相澤以外誰も予想していなかった形で終了となった。
△▼△▼△▼△▼
「悪かった」
放課後。本日発売のゲームを買うべく、急いで帰宅準備を済ませた指動のもとを轟が訪れていた。
突然の謝罪に驚き、首を傾げる指動。
「なにが?とろろきクンすげー足はやかったよ。ビビったし助かったケド」
「……お前を見くびっていた。俺を主軸に全て決めちまっただろう。今回の訓練内容なら指動をもっと活かすべきだった」
コントローラーで相手を操作する。それが指動の個性だ。轟が行うよりずっと効率的に敵を跳ね除ける事が出来る。指動より身体能力の高い轟が最初からゴールを目指すべきだっただろう。
訓練後相澤に言われた「作戦が雑すぎる。連携もクソもねえ。1番の減点対象だな」という言葉を思い出し、轟は悔しさからぐっと拳を握った。
「とろろきクン。それ言うなら俺もごめんなさいだわ」
一体何が入っているのか、まるで登山にでも行くような大きさの黒いリュックを背負いながら指動が言い、頭を下げる。
「個性ちゃんと言えばよかった。どーせ話聞いてくんねえし、優秀なとろろきクンが全部やんだろって、舐めてた。ほんとはとろろきクン俺みたいなやつの話も聞いてくれる超いいやつだった。ごめん」
「い、いや……」
ストレートな言葉に戸惑いながら「やめてくれ」と頭をあげさせる轟。
指動はゆったりとした動きで頭をあげると、轟に向かって手を差し出した。
「ラインやってる?交換しよ。もう謝りっこなしな」
見れば手のひらの上にはスマホが乗せられている。
轟は少し目を見開いてから、嬉しそうにふっと笑いを零した。
「ああ。よろしく」
そうしてスマホごと指動の手を握った。個性ゆえだろう、あったけぇ〜と思わずほっこりしてしまいそうになったが指動はハッと覚醒する。危ない。まさか握手に発展するとは思わなかった。
「や、あの、ラインは?」
「やってねえ」
――いつも眠そうな目をしている指動の目がここまで大きく開くのは、後にも先にもあの時だけだと思う。
後に轟はそう語った。
→