いつかは別れる道かもしれないけど。

ある日の朝、大広間ではハッフルパフがいつもよりも騒がしかった。(グリフィンドールよりは静かだったけど)
珍しい事もあるものだと、他の寮の人もチラチラと気にしながらハッフルパフのテーブルの方を眺めていた。僕も例に漏れず、友人数名と何だろうと見ていれば、その騒がしい集団の中心にはリンがいた。彼女は少し恥ずかしそうにハニカミながら、友達なのだろう人たちと握手をしていた。

「何だ?ハッフルパフに点数でも入ったのか?」
「さぁ?」
「レギュラス、君がよく話してる女子じゃないか」

そうは言われてもわからないものはわからない。僕は肩を竦めて、ゴブレットに入った残りの水を飲み干して、立ち上がった。




授業が終わり廊下を一人歩いているとき、中庭のベンチで本を読んでいるリンがいた。そっと近づいて彼女の肩に手を置くと、びくりと揺れて振り向いたリンに、僕は思わず笑った。

「びっくりしたー…驚かさないでよレギュ」
「真剣に読んでたから邪魔しちゃいけないと思って」

両肩をあげてそういえば、リンは呆れたような笑いながら、隣に積み重ねていた本をどけて、とんとんと叩く。
僕はお言葉に甘えてゆっくり腰を下ろした。

「そういえば、今朝ハッフルパフのテーブルの方うるさかったけど、何かあったのか?」

疑問に思っていたことを何となく聞けば、リンはキョトンとしたような顔をして首をかしげる。

「今日、私の誕生日なの」

その一言に僕は一瞬反応を遅らせて。そして、これでもかと言うぐらいに目を見開き彼女をまじまじと見つめた。

「…知らなかった?」
「…知らなかった」

確かに同じ寮ではないから、お互いのことを詳しく話すなんてことはあまりない。だけどまさか今日、彼女の誕生日だったなんて知らなくて。

「皆から今日色んなものもらったの」

そう笑いながら、ちらりと横を見る彼女につられて見れば、さっき積み重ねていた本の数々。あぁ、これ全部プレゼントだったのか。

「本が好き?」
「うん、よく読むよ」

僕は本当にリンのことを知らないらしい。本の上にはお菓子の包みもたくさんあって。改めて、彼女の周りには友人が沢山いるんだと感じた。

「ごめん、知らなかった…何か欲しいのある?本なら僕も何かあげられそうだ」
「あ、じゃあおねだりしていい?」
「何?」

よく同室の子とお菓子パーティーをしていると言っていたリン。あげると言って今まであげていなかったから、家にいるクリーチャーに頼んでマドレーヌなんかも送ってもらおう。そう頭で考えていれば、リンはちらりと僕の目を覗き込んだ。

「ココアが飲みたい」
「…ココア?」
「ココアが好きなの、私」

甘いものが好きなのだろうと何となく思ってはいたけれど。誕生日プレゼントにココアが欲しいと頼まれるとは思わなかった。

「あ、今笑ったでしょ」
「いや…笑ってないよ」
「ちょっと、こっち見て言ったよ、ねぇ!」

我慢ができないわけじゃなかったけれど、少し子供っぽい所もあるんだなと知れて思わず笑ってしまっただけなんだ。

「ココアでいいの?」
「うん。孤児院にいた時、特別な日にしか飲めない特別な飲み物だったから…」

そう笑顔を浮かべるリンに思わず笑い声を止める。あぁ、そうだ。彼女の笑顔がその過去を忘れさせるけれど、リンは孤児院出身だ。それでも懐かしむようにその名を言うのは、きっとそこがとても良い場所だったのだろうと思えた。

「…わかった。とびきり甘いものを用意するよ。年の数だけ欲しい?1ダースかな」

甘いものや他の味も一緒に入ったものも揃えて12個。頭の中で考えていると、リンが小さい声で「あのね」と、恐る恐る口を開いた。どうしたのかと思えば、リンは周りに誰もいないことを確認して僕の耳に口を寄せる。

「私、本当は14歳なの…」

そう言ったリンから慌てて離れて彼女を見つめる。僕より2歳も年上?東洋人は童顔だとよく聞いてはいたけれど…ずっと同い年だとばかり思っていたから慌てて敬語を使おうと口を開けば、リンは手のひらを見せて横に振る。

「いいのいいの、今更敬語使わないで。それに誰にも言ってないし」
「…どうして?編入はしなかったの?」
「英語もそんなにできないから、新入生と同じように入学することにしたの」
「なるほど…」

確かに、英語が苦手でいきなり上級生の仲間入りは酷だろう。
もう一度座り直してリンをしっかりと見つめる。やっぱり、実年齢を言われてもなお、彼女が自分より歳上だとは思えなかった。

「ココアが好きな14歳…ね」

と、思わず呟けばリンは頬を膨らませてふいっと顔を横にする。その素ぶりもやはり、どことなく子供っぽさを感じて。

「ごめんごめん」
「レギュは意外に意地悪なんだよね」
「そう?…なら、リンにだけかもしれない。君だって、少し大人っぽく見せといて実は子供っぽいだろ?」
「…なら、私もレギュにだけかもしれないや」

純血主義の家に生まれて、ブラック家の看板を背負えと言われ続けて生きてきた。そんな自分が、孤児院生まれのマグルの人間と仲良くする。そんなことをもし母上や父上が聞いたら、きっと倒れるだろう。
だけど、あの日出会ったどこか儚げな一人で寂しそうにしていたリンの事を、どうにも自分から切り離す事ができないのだ。

「…リン」
「ん?」

まだお互い顔を見つめ合ったままの格好で、彼女の名前を呼ぶ。首を傾げながらこっちを見るリンに、できる限りの僕なりの精一杯の笑顔を浮かべて。

「誕生日おめでとう」

決まり切った人生を歩むしか能のないつまらない僕に出会ってくれて。
いつか僕らの道は別れるだろうけど、それでもそこに気づかぬふりをしてそばにいてくれる君に。

「ありがとう、レギュ」

リンは、ハッフルパフ寮生らしい太陽のように暖かい笑顔で、そう言った。


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