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あの後、泣きそうな顔をしているサチが放っておけないと耳打ちしてきた中村の言葉に従い(というより自分ですでに思ってはいたけれど)、新稲を家まで送った。
もう19時をとうに過ぎていて暗かったが、足取りがいつもより遅い新稲に合わせて俺はゆっくり新稲の隣を歩いた。


「...ごめんね、寺坂くん」
「...何がだ」


立ち止まり、鞄の取っ手を両手で握りしめながら顔を俯かせてそう言う新稲。俺はもう一度、新稲に聞く。何が、ごめんなんだ?と。


「...変なの聞かせちゃった」
「もともとは俺たちがお前を尾行したからだ。...お前が謝ることは何もないだろ」


俺は尾行しようなどとは言わなかったけれど。
心の中でそう言い訳をしながら、俺は少しでも新稲の気が紛れればいいと思って新稲の頭をそっと撫でる。顔をゆっくりと上げた新稲を見て、俺はぎょっとした。

新稲が、泣いていたからだ。


「な、何で泣いてんだよ...変なこと言ったか?俺」


以前泣いていた時とはわけが違う。俺が何か変なことを言ってしまったせいで、新稲は泣いているのだろうか。俺は柄にもなく慌てながら新稲の顔の前でおろおろと手を横に振った。


「ううん...寺坂くん、時間ある?」


新稲は、制服の袖を引っ張った目元を強く拭うと、俺にそう聞いた。
ここでその誘いを断ればどうなるか俺は考えなくてもわかったから、大丈夫だと一言伝える。そして黙って歩き出した新稲の横を歩き、ついた場所はいつかの公園。もう一度あの時と同じように、ブランコに座りだした新稲の後ろに回って、俺はそのブランコを押してやった。


「...お父さんはね、すごいの」


不意に、新稲が口を開く。
俺は黙って、新稲の背中を押しながらブランコを揺らした。


「数学の天才って感じ。私なんか足元にも及ばないよ」


足を伸ばしたり閉じたりしながら、少し楽しそうな声色で言う新稲。


「でも、去年からお父さんは変わっちゃって。誰にも解けない答えを、ずっと探してるの」


人を生き返らせる。確か、あの時現れた三人の男はそう言っていたはずだ。
去年交通事故で死んだ、新稲の母親、つまり自分の妻を、生き返らせようとしているのか。


「...きっとあのままじゃ、お父さん大学追い出されちゃう...娘の私が何かしないといけないのに...」


嗚咽を零しながらそう言うこいつに、我慢が出来なくなった俺はブランコを無理やり止めて。前の時のように、そっと、新稲の頭を撫でた。なのに新稲は、まるで嫌だとでもいうかのように首を横に振って、うずくまるように腰を曲げて膝に顔を抱えた。背中が涙で震えている。俺にはどうしようもなくて、そっと新稲の背中に手を添えて、できる限り優しく撫でてやった。どうか泣き止んで欲しくて。もう一度、笑顔を見せて欲しくて。


「ヌルフフフ」


と、急に聞こえた笑い声に俺は新稲の腰に腕を回してかばうように反対の手を前に出し、腰を低く落とした。すると、後ろから毎日見飽きるほどに見ている触手が俺と新稲の頭にピトッとついていた。
こめかみを震わせながら後ろを振り返れば、顔に×印を大きく描いたタコ野郎がいた。


「こんな夜遅くに中学生が歩いていてはいけませんよ」
「...チッ」


涙が消えたのか、驚いたように顔を上げる新稲を見て、次は顔を真っ赤にさせて俺を見るタコ野郎に俺は慌てて「俺が泣かせたわけじゃねぇ」と怒鳴る。


「おや...?」


首をかしげていつもの黄色の顔に戻ったタコに内心ホッとして、俺は新稲の横に立ち上がる。ただこいつを家まで送ろうとしていただけだ、と。
だけど、さっきまで泣いていた女子生徒が心配なのか、触手をゆらゆらと揺らしながら慌てふためくタコを新稲はおかしそうに笑いながら「心配かけてゴメンなさい」と言って頭を下げた。
そして同じように立ち上がると、カバンをもう一度肩にかけ直す。


「今、帰ろうとしてました」
「そうですか。では先生も一緒に、お二人の家まで送りましょう」
「あ?いらねーよ」


何が面白いのかヌルフフフといつものように笑って先を歩くそいつの後ろを、俺と新稲は顔を見合わせてゆっくりと追った。少し、涙で濡れていた頬に親指を添えて、その涙を拭ってやれば、新稲は驚いたようにこっちを見上げると、小さく「ありがとう」といったのだ。



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