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「あーもう、なんか嫌なんだけど!!」
「やっぱりサチも?」
「無理!!」

昼休みあけの烏間先生による体育の時間。
私は少しイライラしながらナイフを的に投げる。そのナイフは見事真ん中に命中した。

「サチでさえ無理ならみんな無理だよ」

そういったのは矢田っち。私でも無理なら、というところは理解できなかったけれど、あんな私たちを見下してばかりの人をどうして好きになれるというのさ。

さっきの英語の時間だって、vの発音が違うと言って下唇をずっと噛み続けろという授業だったし。意味わからん。

「...おいおいまじか。二人で倉庫にしけこんでくぜ」

三村くんがそう言って刺した指の方向には、確かにビッチさんと殺せんせーが二人で倉庫の方に歩いているのが見えた。

「烏間先生、私達、あの人のこと好きになれません」

それを見かねたメグが委員長らしくそう言った。

「...すまない、プロの彼女に一任しろと国の指示でな」

烏間先生も少し呆れながらそう言う。
先生でもお手上げなら仕方ないのかな。そう思っていたら、いきなり倉庫の方から銃声の音と叫び声が聞こえてきた。

「いやあああああああああ!!」
「何!?」

そして次に、ヌルヌルとよく分からない擬音語が。
みんなで走って倉庫のそばに行くと、殺せんせーが何食わぬ顔で倉庫から出てくる。

「せんせー!!おっぱいは?」

そう聞いたのは渚くん。いや、待って。どんな呼び方?
私が一人、渚くんをガン見していると、倉庫の中から続いて出てきたのは体操服に着替えさせられたビッチさん。
へなへなとしながら地面に倒れこむと、先生は教室に戻りますよ、と言ってみんなを教室に引き戻す。

私もそっとビッチさんを見てから、愛美と一緒に教室に戻った。






授業が始まっても、ビッチさんは授業をやってはくれそうにない。
ずっと何か、タブレットに指をトントンとしている。

「先生、授業してくれないなら殺せんせーと交代してくれませんか?一応俺ら今年受験生なんで」

磯貝くんがそう言うと、ビッチさんはタブレットを教卓の上において立ち上がる。そして見下しながら、私達にこう言った。

「聞けばあんた達E組って、この学校の落ちこぼれだそうじゃない。勉強なんて今更しても意味ないでしょ」

その一言に、みんなの雰囲気が変わる。

かくいう私だって頬杖をつきながら見ていたけれど、それを止めて両手をきつく握りしめた。
そんなこと、外部から来た人間に言われたくない。

誰が投げたのか、消しゴムが教卓の上に転がる。そして、全員からの一斉攻撃が始まった。

「出てけクソビッチ!!」
「殺せんせーと変わってよ!!」
「なっ何よアンンタたち!!殺すわよ!!」
「上等だよやってみろ!!」
「そーだそーだ!!殺してみろや!!」


愛美の後ろから消しゴムを投げて、私も罵詈雑言の嵐に参戦して殺してみろ!と言えば、ビッチさんはイラつきながら教室を出て行った。

「もーまじで意味分かんないんだけど!!」
「おーおー相当荒れてんじゃん、新稲ちゃん」
「そりゃそうじゃん!!あんな見下してきてさ!!カルマくんよく平気だね!!」

隣にいるカルマくんに向かってそう言って、前に座ってる愛美の肩に手を置いた。ぐらりぐらりと愛美を揺らせば、愛美は少し苦笑を浮かべて振り向いた。

「でも、サチちゃんの言いたいことはよくわかりますよ」
「さすが愛美..!!」
「まぁ新稲さんがそんなに怒るのって珍しいもんね」

渚くんまでそう言って。皆が言う、私でもそうなら、といつやつはよくわからないけれど、私はあの人が苦手だ。

休み時間、そうやってみんなと文句を言いながら過ごして次の授業に備えていると、廊下の奥から聞こえたのはいつものぺたんぺたんという音じゃなくて、かつかつというヒールの音だった。

入ってきたのは、さっきみんなで暴言を吐きまくったビッチさん。

彼女は何も言わずに黒板にチョークを滑らせると、振り返ってこういった。

「you're incrrdible in bed!! repeat!!」

言われるがままに、みんなでその英語を復唱する。

「アメリカでとあるVIPを暗殺した時、まずそいつのボディーガードに色仕掛けて接近したわ。その時彼が私に行った言葉よ。意味は、ベッドでの君はすごいよ」

中学生になんて英文を読ませるんだ...。
思わずあははと乾いた声が出た。

そのあとビッチさんは自身について語った。ビッチさんは、暗殺者としてその美貌と何十カ国もの言葉を操っているそうで。

その国の言葉を知りたいなら、その国の恋人を作れ。それが一番、短い時間で習得する方法だ、と言った。

「だから私の授業では外人の口説き方を教えてあげる」

受験に必要な英語は殺せんせーに教われ。
一番使えるコミュニケーションの力として、英語を教える、と。

彼女はそう言った。

「もし、それでもあんた達が私を先生と思えなかったらその時は暗殺を諦めて出て行くわ。そ、それなら文句ないでしょ?」

あと、悪かったわよ、色々と。

小さい声で謝ったビッチさんは思いの外小動物みたいに可愛くて。
すっかり毒気の抜かれたビッチさんに、私たちが忌み嫌う理由なんて存在しなかった。

「もうビッチ姉さんなんて呼べないね」
「呼び方かえないと」
「じゃ、ビッチ先生で」

みんなで笑いながらそういえば、ビッチ先生はファーストネームで呼んでもいいのよと笑顔で言う。
けれど、もうビッチで固定されちゃった私たちからしたらそれは難しくて。

「もうビッチ先生って感じだよね〜」

と私が言ったのをきっかけに、

「やっぱりビッチ先生だな」
「よろしく、ビッチ先生!!」

と、なった。

嫌な先生だと思っていたけれど、なんてことはない。ただの可愛い先生だった。



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