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8階のホール。ここで敵が来るのを待ち伏せする。

そうニヤニヤと笑いながら言ったのは殺せんせーだ。
全員椅子のうしろにかくれて、身を縮めて前からみえないような体勢をとる。
殺せんせーはなぜかイスに座り(置き?)ながら今か今かと待っていた。

全員の配置を頭の中で思い浮かべていた時、こつこつと靴を鳴らしてやってきたのは髪を立たせている男の人。
入った瞬間に、私たちがいるのがわかったのか、その男性は実弾を照明器具へと撃ち放った。
すると、速水さんのいる方向から弾が飛んだ。


「一度発砲した敵の位置は絶対忘れねぇ。もうお前はそこから一歩も動かせねぇぜ」


そういうと、おそらく速水さんのいる方へと銃を撃った男。軍人上がりだというその男の言葉に一気に経験の差を知らしめされた気がしたけれど、瞬間に響き渡る殺せんせーの言葉に、私は肩の力を抜いた。


「今撃たなかったのは賢明です千葉くん!!君はまだ敵に位置を知らされていない!!先生が敵を見ながら指揮をするので、ここぞという時まで待つんです!!」
「どこから喋って...てめー何かぶりつきで見てやがんだ!!」


敵ながら、そのツッコミはとても正確だと思う。バンバン撃たれてても跳ね返すのはさすが無敵の防御形態だ。


「熟練の銃手に中学生が挑むんです。このくらいの視覚のハンデはいいでしょう」
「チッ...その状態でどう指揮を執るつもりだ」


そう言った男に対して、殺せんせーが嬉々として叫ぶ。


「では木村くん、5列左へダッシュ!!」


木村くんが動く。


「寺坂くんと吉田くんはそれぞれ左右に3列!!」


自分の頭にある全員の位置と、今の先生の指示を照らし合わせる。


「死角ができた、この隙に茅野さんは2列前進!!」


殺せんせーは全員へ指示を出した。
私は目をつむって、いつ自分の名前が呼ばれるかと待っていると、殺せんせーは私の名前を叫び、何の指示も出さずに話し始めた。


「新稲さん!!あなたの空間処理能力は、どこで使うべきだと思いますか!?」
「...え?」


私は今まで何度も、殺せんせーや烏間先生に、空間処理能力に長けていると言われていた。
そう言われても、何がその能力なのか全然わからなくて、褒められているんだろうけど、それを受け入れられるほどには理解できていなかった。


「あなたは今、自分の脳内で全ての人の位置や状況が把握できているはずです。千葉くんと速水さんが狙撃のしやすいよう状況を撹乱させて、それを指示できるのは新稲さん、あなたしかいません!!」


そう言われてもわからない。
私は、自分の脳内のこれが人より優れているだなんて思っていなかったけれど、そう言われてタカをくくって失敗したのがさっきの暗殺での出来事だ。

それをまた、千葉くんたちに指示して、失敗したら。

自分の数学の能力は、人の役には立たないものだとしたら。



「あなたの計算能力と、頭の回転の速さは、誰よりも誇れるべきところです。それを、自分でけなしてはいけません。確かに、数学という嫌われ者の教科のせいで、ついてきてくれなかった人が周りにはいたでしょう」


数学者の娘だという理由で、なぜか人から遠ざけられたりしたことがあった。
すぐに計算できるからと、頭の良さを見せびらかしていると思われていたことがあった。

数学が好きなだけなのに。
なぜか、哀れみの目で見られたりした。

数学でどうやって生きていくの?数学は、人の役に立つの?

そんなことを言われても、私には数学の能力しかなくて。


「ですが、今ここにいる人たちは全員、あなたの頭を信じている人たちばかりです。
あなたのその頭は、何度もこのクラスを助けているはずです」


『このアプリすごいよ新稲さん』
『サチがいればとりあえずは安心だよね』
『マスターが、私を改良してくれました』



まだ一度も、暗殺に貢献したことはなかったはずだ。
けれど、何度か自分の計算やプログラミングが発揮できる場があって。
その度に、なぜか心の中がむず痒くなった。


自分のこの数学の頭は、みんなの役に立っているのだろうか。
そう、考えてしまうほどに。


「あなたのその能力は今後、必ずこのクラスの役にたつと先生は保証しています。今、ここで、その力を発揮しなさい!!みなさんに、あなたの本当の力をわかってもらうんです!!」


私は一度、深呼吸をして目を瞑る。
そして、6列左前にいる千葉くんを見やれば、前髪で見えないけれど、彼なりに目を合わせてくれているのだろうか、こくりと首を縦に振ってくれた。
胸元でしっかりと握った携帯の画面にいる律を見れば、律もこくりと首を縦に振って、マスターの言うとおりに、と文字を浮かべていて。


よし、私の本当の力とかなんなのかよくわかってないけど、自分のできるだけのことをしよう。
私はテストの時でもそんなに早く回転させないんじゃないかというくらい目一杯頭をフル回転させた。




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