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秋に入り、世間では私達も受験生の仲間入りだ。このクラスも例外なく進路相談というものをするらしくて、クラス皆に進路相談の紙が渡った。
「サチちゃんは、もう考えていますか?」
「うーーんなんとなーく?」
昔は。
お父さんのような数学者になりたかった。数学に囲まれた、数学と一緒に生きていけるような。
だけど今は分からなくて。本当にお父さんのような数学者になりたいのか?お父さんのような、人になりたいのか?それが分からない。
今の自分に、お父さんのような人間になれと言うのは、なんだか違う気がした。
「高校はなんとなく、決まってるけどね。愛美は?」
前に座っている愛美は笑顔で後ろを振り向いて、手に持ってるコーラを差し出した。
「やっぱり、研究の道に進みたいって言ってきます!ついでに言葉巧みに毒入りコーラも盛れたらなって」
進路相談中の暗殺も認めると先生は言っていた為、皆なにかしら用意しながら一人一人教員室へと向かって行っていた。愛美のその言葉に悪巧みする気満々な笑みを浮かべたカルマ君と莉桜が、ゴキブリの卵の粉末やらカマキリの卵入れようなどと愛美にウザ絡みしていて、私は苦笑いを浮かべて、愛美の背中を押して教員室に向かわせた。
さて、私はどうしようか。皆色々考えてるようで。ふと見えた莉桜の紙に書かれた外交官という文字に、私もしっかりと考えないといけないなと思った。
「さぁ、次は新稲さんですね」
教員室の中に入れば殺せんせーが出席簿を持ちながら待っていた。私は紙を先生に渡して、前に座る。
「ふむふむ、志望校は、最近できた新設校ですね。確か此処は理数系に力を入れた学校で、日本中の理数系に強い子達が集まる所ですね」
「はい」
「あなたの数学の力でしたら問題ありません。他の教科、特に社会と国語の点数を伸ばせば及第点ですよ」
殺せんせーの言葉に内心ホッとする。確かに課題でもあるその二つは、私の中でも問題だったから。先生少し頭を傾げて私を見つめた。その持ってる紙には、職業の欄が無記入の筈だからだ。
「職業の志望ですが…ふむ、まだあまり、将来は見えませんか?」
前までの私なら胸を張って、数学者になりたいと答えただろう。
だけど、今の私は何になりたいのかよく分からない。あんな風におかしくなってしまったお父さんを見ても、まだ数学者になりたいのかと聞かれれば。
「……新稲さんのお父さんは、日本でも有名な確率解析研究室のボスでしたね?」
「はい…」
先生の言葉に一つ頷く。小さい頃はよく行っていたお父さんの研究室。最近は…いや、お母さんが死んでからは、ずっと行ってなかった。
「あの方の娘であるなら、新稲さんのその数学のセンスにも先生は納得です」
殺せんせーはそう言うと、笑顔で頷きながら私の頭をポンポンと叩いた。
「いつかきっと、貴方がそのお父さんの素晴らしい頭を引き継いで、先生を殺しにかかることを願っていますよ」
まだ私は。一人で先生を殺そうとした事はない。それは、私が自分に自信がないからだ。自分の数学の頭に、自分の行動力に、自信が持てない。
私は殺せんせーの顔を見つめて、膝の上に固めた拳をさらにきつく握って、口を開いた。
「先生」
「はい」
「人は…生き返る事は、ありませんか?」
0を1に。
それは数式では簡単だろうけれど、現実でそれを実証する事は、できるのか。
できるわけがないんだ。
そんな事百も承知なのに、どうしてお父さんは、それに躍起になっているのだろう。
殺せんせーは、私の頭から触手を離すと、しっかりと私の目を見つめて、言った。
「人を生き返らせる事は、できません」
その言葉を聞いて、私は顔を俯かせる。当たり前の言葉だ。落胆する必要もない。
「ですがそれに、プラスしていくことは、できます」
「プラス…?」
殺せんせーはぬるふふふと笑うと触手をゆらゆらと揺らした。
「0を1に。貴方はそれに、ぶち当たっている。では聞きますが、0は終わりですか?新稲さん」
殺せんせーの言葉に私は目を瞬かせる。0は終わりか?それは終わりでもある、と答えるだろう。0は終わりで、そして始まりでもあるから。
そう答えれば、殺せんせーはまたぬるふふと笑うと、もう一度私の頭を優しく撫でた。
「0は無を意味します。それと同時に無限の意味でもあるのです。0は無限、始まりです。そこに、私達生きているものの記憶を付加することで、どんな数字にもなり得るのです」
人を生き返らせる事はできない。
だけど、別の方法で0を1に、10に、100にできることがある。
「その方法を探すのが、数学者の道なのではないですか?」
殺せんせーの言葉は、しっかりと私の胸を貫いた。
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