鬼ごっこの結末は

「七海」


アッカンベーカリーから出ると、すぐに呼び止められた。もうすっかりお馴染みとなってしまった、オロチのお迎え。
毎日申し訳ないなあと思いながらも、結構楽しみにしている自分がいるのも事実だ。
私はにっこり笑って、オロチのもとへと駆け寄った。


「オロチ!今日もありがとー」
「いや、好きでやってるから構わない」
「そ、か」


――それってどういう意味なんだろう?

最近のオロチは時々、そんな思わせ振りな言葉を口にする。
でもきっと、面倒見がいい彼のことだから、純粋に私を心配して迎えに来てくれているだけだろう。
以前よりも確かに距離が縮まった私たちだが、あくまで友達な私たち。少しだけ、複雑な気持ちになるのは気のせいだ。

だって、私は人間でオロチは妖怪、だもんね。


「あ、オロチ。今日もパンもらったよ。食べる?」
「いいのか?この前ケータにもらったことを話したら怒られたが…」
「今日は二つもらったの。だから大丈夫」
「そうか…ならば遠慮なくいただこう」


初めてオロチが私を迎えに来てくれた日、お礼にパンをあげてから、オロチはそれを気に入った様子だった。それから、私はオロチにもパンをおすそ分けしている。家に帰ったら食べようと約束して、私たちは帰路を急いだ。その時だった。



「アァーーカァァアーーー!!」
「えっ、何?!」
「…!チッ、こんなときに…」


突然けたたましい咆哮が響き、辺りを白い靄が覆った。途端に視界が悪くなり、私の隣にいたオロチが、焦ったように辺りを見回す。チッ、とまた舌打ちが聞こえた。


「お、オロチ?今の、」
「ああ…どうやら鬼時間になってしまったようだ」
「鬼時間?」
「そうだ。だが、説明はあとだ。急ぐぞ!」
「わ、わ!」


ぐいっと手を引かれ、オロチが駆け出した。それに引っ張られる形で、私も駆け出す。足がもつれそうになるが、なんとか動かし続けた。

私、こんなに早く走れたっけ。

オロチが引っ張ってくれているからか、流れていく景色は早い。前を行くオロチは辺りを見回しながら、ある一定の場所を目指しているようだった。


「お、オロチ!どこ、向かってるの!?」
「さくら第一小学校だ。あそこなら、」
「こっちこっちぃ〜」
「!しまった!」


オロチの言葉を遮るように、ひょい、と物陰から青い小鬼が飛び出してきた。大きな手を振って、何かを呼んでいる。

ニヤニヤと笑うその鬼と、一瞬目があう。そして後ろから、激しい地響きが聞こえてきた。何かが近づいてくる!


「七海、急げ!」
「う、うん…!」


さくら第一小学校までは、あの角を曲がればすぐだ。先程より強くオロチに引っ張られながら、私は懸命に足を動かした。
しかし、地響きと「アーカー!」という大声はどんどん近づいてくる。
一体、何が追いかけてきているの?!


「七海!後ろを振り向くな!」
「!うん、」
「俺と一緒なら大丈夫だから!」


叫ぶようなオロチの声が、私の背中を押したような気がした。もっと早く!私は足を動かす。角を曲がり、信号の先に学校の正門が見えた。オロチが手を振ると、そこに、紫色の煙が立ち上がる。そして、その中から金色の襖が現れた。


「七海、あのなかに!」
「う、うん!」


あれは何か、と聞く暇もなかった。

地響きはもう近くまで来ていた。信号を渡って、慌てて襖を開ける。最後閉める際振りかえると、道の向こう側には大きな赤鬼が金棒をもってこちらをみていた。ぞっとするほど、恐ろしい目をしていた。



「…危なかったな」
「う、うん…オロチ、今のは…?」


ハァハァ、と肩で息をする私に対して、オロチは息を乱すことなくそこにいた。襖のこちら側は、いつも通りのさくらニュータウンだ。白い靄もないし、鬼もいない。


「あれは赤鬼だ。鬼時間になると、見つけた人間を襲ってくる」
「鬼時間…?」
「ああ…いわゆる子どものみる悪夢だ。誰かが悪夢を見たんだろう。それに、七海は巻き込まれたんだ」
「そ、そうなんだ…」


誰かの悪夢に巻き込まれるなんて。そんなはた迷惑な話、聞いたことがない。


「しかし、まさか七海が巻き込まれるとはな…」
「うん…今までこんなこと、なかったよ」
「もともとお前は霊感が強いんだ。それに、ケータの妖怪ウォッチに関わっていることもあって影響されやすくなったんだろう」


ケータも何度か鬼時間に遭遇してるしな。


オロチのその言葉に、私は目を見開いた。そんな話、景太から聞いてない!


「ケータ、あんな危ない目に遭ってるの?!」
「ああ…一度俺も助けたことがある。だがそれ以降はなんとか逃げ切っているようだぞ」
「そ、それならいいけど…」


鬼に捕まったらどうなるのとか、次遭遇したらどうしたらいいのとか、景太のことも、聞きたいことはたくさんあった。でも、酸素の行き届いていない今の頭では、何も考えられなかった。

はあ、と深く息を吐き、なんともなしに視線を下ろす。と、見えたのは未だ繋がっている私の右手と、オロチの左手。


「七海?…あ、す、すまない!」
「う、ううん。大、丈夫」


私の視線の先に気づいたオロチが、慌ててぱっと手を離した。そして気恥ずかしさから、お互い目をそらす。

そんな反応されると、変に意識してしまうんですが…。

横目でオロチをみると、彼もこちらを見ていて、また慌てて視線を外すことになった。

私、今すごく甘酸っぱい体験をしている気がする…!


「と、ともかく!次また鬼時間に遭遇したら危ないから、これからはなるべくお前の近くにいよう」
「えっ!?」
「一人で鬼から逃げ切るなんてできないだろう?」


確かに、オロチの言うとおりである。しかし、この気恥ずかしい雰囲気で、普通そんな風に言えるものなのだろうか…。
再度オロチを見ると、至極当然、至極真面目という顔をしていた。オロチの親切心を無駄にすべきではない…と自分に言い聞かせて、私は「よろしく、ね」と頷いた。


「ああ、七海は俺が守ろう」
「あ、ありがとうございまーす…」



これってつり橋効果ってやつだよね?

きっとこの胸のときめきは、気のせい、気のせい!…だよね?!