おおもり山のあばれ大蛇

※ゲームの内容含みます




私とオロチが会うのは、決まって夜の時間帯だ。なぜなら私はほぼ毎日のようにアッカンベーカリーのアルバイトが入っていて、その帰り道にオロチが家まで送っていってくれるのが日課になっているからである。いわゆるデート…なんだろうけれど、気恥ずかしくてなるべく意識はしないようにしている(無理だけど)。

夜の帰り道に、オロチが付き添ってくれるのは、恋愛的な意味を抜いてもありがたい。しかし、私は聞いてしまったのだ。景太が、「オロチは夜、おおもり山の山頂でこの街を見守っているんだって!」と話していたのを。

どうも、オロチは昔あばれ大蛇と言われるほど不良な妖怪だったらしい。負けなしだった彼は、ある時エンマ大王と勝負したが、負けてしまった。そして負けた際の約束として、この街を見守るように命じられたのだという。オロチは初めは嫌々だったものの、後に自ら進んでこの街を見守るようになった。そして今も彼は、毎日おおもり山の山頂で約束を果たしているというのだ。

と言うことは、私は彼の仕事の邪魔をしていることになる。こんなただの小娘の帰り道の送迎なんてしている暇はないはずだろう。


「…ということで、無理しなくてもいいんだよ…?」
「無理などしていない。言っただろう、好きでやっていると」
「うん、まあそうなんだけど、さ」


妖怪と人間の仲を見守る。そんな大きな仕事を持つ彼なのだ。気後れするのも無理はない、と思う。しかしオロチはむっと口を尖らせると、「嫌なのか?」と低い声で言った。


「七海は俺といるのが嫌だと…そういうことか?」
「え!違うよ!」
「なら問題ない。それに、お前を家に送り届ける今も、見回りのような役目を果たしているんだ。気に病むこともない」
「でも…」
「七海」


隣を歩くオロチが、私を見上げてくる。その目はギラギラと光って、私は一瞬息を飲んだ。


「ならば言おう。この街と七海、どちらか一方と言われれば、俺は間違いなくお前をとる」
「お、オロチ…」
「それだけ本気ということだ」


何だか、オロチが怖い。伊達にあばれ大蛇と言われていないということなのだろうか。オロチの目がすっと細くなり、私の体が蛙のようになる。そんな私の頬に、オロチは手を伸ばし、優しく撫でていった。


「だがこの街も、しっかり守ってみせるさ。俺の力を信じてほしい」
「う、うん」
「…いい子だ」


さらさら、と二回撫でられて、離れていくオロチの手。ようやく彼の目が優しくなる。そこで私も、知らないうちに体に入っていた力を抜くことができた。はあ、と思わず息が漏れて、オロチが、くくくと喉の奥で笑った。


「悪かったな。怖がらせてしまったか」
「あ、あはは…まあ、ちょっと…」
「昔あばれ大蛇と呼ばれたくらいだからな。俺を怒らせると怖いぞ」


うん、今のだけでとてもよくわかりました。私はこくこくと頷く。オロチはその様子に満足げに頷くと、「そう言えば」と手を叩いた。


「あばれ大蛇で思い出した。その話をケータにしてから、あいつは毎日俺のところに手合わせに来るんだ」
「え、ケータが?」
「ああ。あいつはなかなか強いぞ。友達との絆も強固だ。だが、な」


そこで言葉を切ったオロチは、眉を潜めた。何だ、景太は何かをやらかしているのだろうかと、思わず身構えてしまう。だって、妖怪たちから聞く弟の話は、ろくなことがないのだ。


「最近、容赦がなさすぎる」
「え?」
「『オロチ…俺の姉ちゃんに、まさかとは思うけど手を出したりなんか…してないよね?』と…」
「え、え?!」
「その度、俺は何て言ったらいいのかわからなくてな…結局ボロボロにされる」
「ええー?!」


やっぱりーー!何やってるの景太!
思わず今ここにはいない弟に、私は盛大に突っ込む。ボロボロにされる、とオロチは軽く言うが、実際はもっと…なのだろう。容易に想像がついてしまう。景太ならやりかねない。なぜならあいつのシスコンは折り紙つきなのだ(自分で言ってて悲しくなるほどに)。はあ、とため息をつくオロチが、とても不憫に見えてしまった。


「エンマ大王により恐ろしいのはアイツだな…」
「ご、ごめんなさい…」


なぜ私が謝っているのだろう。
一方で、最近シスコン具合が加速的に進んだのはこれが原因だったのか、と納得もしていた。しかし、このままで良いわけはなく、帰ったら物申さねばならない。…でも、何て言ったらいいのかな?


「だからな、七海」
「?」
「俺は早く、お前との仲を自他共に認められるようになりたいんだ」


弟の景太にも、俺自身にも、自信を持って言いたい。七海は俺のものだと。


熱烈なオロチからの告白を正面に受けて、顔が一気に熱くなった。そして今日も私は黙り込んでしまう。
私たちは、友達。特別な関係にあるわけではないから。


「お前が俺に応えてくれるのは、いつになるんだろうな」


切なく響いた、オロチの声。
早く、早くと思うのに、ついていかない心は、どこで引っ掛かりを覚えているのだろう。黙ってしまった私に、今日もオロチは優しく「さあ、帰るか」と言うのだった。