ケータVSモテモ天

「天野さん!好きです!」
「天野さん、俺と付き合ってよ」
「七海ちゃん、僕、七海ちゃんのことが…」



何だこれは。


その日、いつものようにアッカンベーカリーにいた私は、なぜか怒濤のように告白されていた。
久しぶりに会うクラスメートだけでなく、お客さんや、通りすがりの人まで。
まさにモテ期到来といった具合で、お店のおばちゃんにまで「七海ちゃん、モテモテねえ羨ましいわあ!」と言われるほどである。

いやいや、どう考えてもおかしいでしょ。不自然でしょ。

もともと私は平々凡々な女子高生なので、立て続けに告白されるなんてまずあり得ないはずなのだ(自分で言ってて悲しくなるほどに)。

バイトを途中で帰るわけにもいかず、結果、今日告白されたのは10人にものぼる。もちろん全て丁重にお断りした。

これはもう、「あれ」のせいとしか思えない。

今まで憑かれたこと、なかったのに…。

疲れきった帰り道、私は自分の辺りを見渡してみる。
しかし、それらしきものは見当たらず…。
不本意ではあるが妖怪ウォッチ所持者の弟を頼ることにしたのだ。

…が、今、それを後悔している。



「姉ちゃん、もう一回言って」
「え、だから、なぜか私告白されて、」
「誰なの、俺の姉ちゃんに手を出そうとしたやつ」


お前こそ誰だ。

怖い顔をした目の前の男の子は、紛れもなく私の弟・景太だった。まるで般若のような顔つきをみて、若干ひく。


「姉ちゃん、教えて。俺の姉ちゃんを誑かしたやつの!名前!住所!」
「いやいや、ケータ落ち着きなよ…」
「俺は十分落ち着いてる」
「思いっきり動揺しているように見えますけど…」
「ケータは七海ちゃんのことになると人が変わるニャン」


全くウィスパーのいうとおりである。ジバニャンにいたっては冷静な分析までされて閉口せざるをえなかった。

じりじり近づいてくる景太の頭を、私は押さえつける。そんな私を見て、景太は目を潤ませて見上げてきた。


「姉ちゃん、そんなどこぞの馬の骨ともわからない野郎と付き合うの?」


言葉のチョイスと顔が一致してないよ、景太。


「あのねえ、ケータ。話は最後まで聞きなさいって学校で習わなかったの?」
「だって…!」
「これはね、妖怪のせいだと思ってるの」


景太の言葉を遮った私に、きょとん。と景太は動きを止めた。その後ろで、「まっさかー!」といいながらもウィスパーは高速で妖怪パッドをフリックしている。


「え、でも姉ちゃん妖怪見えるでしょ?」
「そうなんだけど、なぜか見当たらないんだよね。何でだろ?…ジバニャン見える?」
「俺っちにも見えないニャン…」
「わかりました!これはモテモ天の仕業ですよ!」


タイミングよく、ウィスパーが原因と思われる妖怪を探し出したらしい。
彼の検索技術はなかなかすごいと思う。どういった妖怪なのか、という目で見れば、妖怪パッドを片手に甲斐甲斐しく説明をしてくれた。


「モテモ天に憑かれてしまうと、途端にモテモテになってしまうのです!」
「それが姉ちゃんに憑いてるって?」


ギロリ。景太の視線がウィスパーに突き刺さる。

恐怖に縮み上がったウィスパーは私の後ろに隠れて、「これが妖怪の仕業なら恐らく…」と言った。全くもって情けない執事である。


「何それ、俺超困る」


いやいや、困るの私だし。
どこまでシスコンなんだろう、この子は。

景太は無言で妖怪ウォッチのスイッチを押すと、レーダーで探し始めた。
私の近くを行ったり来たりして、それが一定の場所でようやく止まる。


「いた!」
「えっ嘘?!」



私の後ろに隠れている、ウィスパーのさらに後ろ。
それはウィスパーにさえも気づかれることなく、ふよふよ浮いていた。


「やあ、見つかっちゃったなあ。うまく隠れていたつもりだったんだけど」
「犯人はお前だったんだな、モテモ天!」


ビシィッと景太が指差した先には、流し目とピンク色が特徴的な妖怪がいた。手には何やら銃のようなものを持っている。

般若のような顔をした景太をもろともせず、モテモ天はふよふよと私の周りを浮遊した。


「ボク、君の匂いが好みでねえ。お近づきになりたかったのさ」
「え、匂い?!」


私、香水も何もつけてないはずだけど…慌てて腕の辺りを嗅いでみる。…無臭だ。景太までもが嗅ごうとしてきたところを、モテモ天は「妖怪にしかわからない匂いさ」と言った。


「確かに七海ちゃんはいい匂いがするニャンよ」
「え、そうなの?」
「あまーい匂いで俺っちもついつい甘えたくなるニャン」


それは初めて知った事実だ。
私が妖怪を見ることができることと何か関係があるのだろうか。

匂いにつられたのか、ジバニャンがごろにゃーんと擦り寄ってきたので、思わず抱き上げて頬擦りする。しかしそれを景太が素早く奪い、ぽいっと投げてしまった。


「じ、ジバニャン!」
「ケータ何するニャン!」
「で、モテモ天。姉ちゃんに憑くのやめてくれない?」


私とジバニャンを鮮やかに無視し、景太はモテモ天を睨む。こんなときこそ妖怪執事の出番ではないのかとウィスパーを見たが、見事に視線を反らされてしまった。使えない執事めー!


「おや、迷惑だったかな?」
「うん、迷惑」


だからなぜお前が答える。


「せっかくモテモテにしてあげたのになあ」


モテモ天は両手を広げてオーバーリアクションにため息をつくと、すっと離れていった。途端、体が軽くなったような…。やっぱり憑かれると、知らないうちに体が重くなるらしい。
これで明日から無闇に告白されることもなくなるだろう。安心したら力が抜けた。


「あ、ありがとうモテモ天」
「いや。ボクのほうこそ、レディに迷惑をかけて申し訳なかったね」
「全くだよ!俺の姉ちゃんに変な虫がついたらどうするんだ!」



せっかく紳士的にモテモ天が謝って平和的に解決したというのに、景太のその一言で何だか台無しだ。


「もう俺っちどこに突っ込めばいいかわからないニャン…」
「私もです」


私、弟の教育間違えたのかな…。

未だわーわー騒いでいる景太を無視し、モテモ天がふわりと私に近付いてきた。
優しく手を取られる。


「でもボクは君が気に入ってるから、しばらく君の近くにいるよ。よろしくね」
「えっ?!?!」


握られた手にキスが一つ。
まるで、騎士がお姫様に送るようなそれに、私は思わず顔が赤くなる。

景太は驚きのあまり固まっていた。


「それではまたね、ハニー」


もうひとつおまけに頬にキスが落とされ、モテモ天がどろんと消えた。ふと手に違和感を覚え、見てみれば。


「よ、妖怪メダル…?」
「…姉ちゃん!いらないから今すぐ捨てて!」



どうやらまた変なのと友達となってしまったようです。