とっておきの魔法を教えてあげる

突然だが、夏と言えばアイスである。

今日も今日とて、アッカンベーカリーで働いた帰り道。今、手元のビニール袋のなかにあるのは、新作のバニラアイスだ。就業中、猛烈にアイスが食べたくなり、衝動的にヨロズマートで購入してしまった。少し大きめのそれは、発売記念の期間限定で10パーセント増量中らしい。アイス欲求に駈られている私にはとてもありがたい。


「公園で食べようかなあ」


カサカサというビニール袋のリズムに足音を乗せながら、私は一人ごちた。
このまま家に帰ってから食べてもいいのだが、溶けるし、ケータに横取りされるかもしれない。一人占めするには家では無理だ。

少しくらい帰るのが遅くなっても、バイトが残業だったと言えばいいだろう。
アイスが食べたくなっちゃったんだから仕方がない。ヨロズマートで買っちゃったんだから仕方がない。ダイエットは明日から!

よし。公園に行こう。

そうと決まれば善は急げで、私は近くの公園を目指して歩を進めた。


公園は、当たり前だが誰もいなかった。ブランコの横に置かれているベンチに腰かけて、辺りを見渡してみる。ぼんやり灯る街灯が、少し頼りない。最近何かと縁のある、妖怪とか出そうだな…と思っていた、ら。


「う、うう…ぐす」


泣き声が聞こえてきた。しかも、近いところから。もう一度目を凝らして辺りを見渡してみると、ギィ、とわずかにブランコが揺れて、白い影が浮かびあがった。続けて「うう、やっぱり都会は怖いズラ…」という声がして、ああ、と一人納得する。


「コマさん?」
「えっ?!あ、あれ?!七海?!」
「やっぱり、コマさんだ」


白い体に、青い炎の眉毛。涙が浮かぶ目は大きく見開かれて、こちらを見ている。なぜここに?!と慌てる彼に、私は苦笑をひとつ、もらした。



「ごめんね、ビックリさせちゃったね」
「い、いや!大丈夫ズラ!むしろお見苦しいところを見せてしまって…申し訳ないズラよ…」


私が隣のブランコに乗ると、コマさんはシュン、と肩を落とす。手元に目線を落として、ふうと息をはいた。

何か辛いことがあったのだろうか。

らしくないコマさんの様子に、私は首をかしげる。ギィ、とブランコを少しだけ動かして、黙りこくるコマさんを見つめた。

コマさんは男の子だ。涙が出てしまったところを、女性…しかも人間に見られるなんてきっとプライドに関わるだろう。

誰にだって、聞かれたくないことの一つや二つはあるものだ。こういうときは何も聞かずにそっとしておくのがいい。
話す気があれば、きっとコマさんから話してくれる。

…だからといって、落ち込んでいる彼を放っておくのも無理な話なので。

代わりに何か元気付けられるものはないだろうか。

コマさんの横で、私も同じように目線を落とす。そこでふと、持っていたアイスの存在を思い出した。


「ね、コマさん」
「ん、何ズラ?」
「アイス好き?」
「アイス?ソフトクリームは好きズラ!」


お、なかなかいい食い付き。それなら。


「ソフトクリームじゃないんだけど…ここにバニラアイスがありまーす。良ければ一緒にどう?」
「え?!いいズラ?!」


ばっと顔をあげたコマさんが、キラキラした目でこちらを見てくる。もちろんズラよ、と返せばぱあっと花が咲くように笑った。

ビニールからアイスを取り出して、蓋を開ける。かろうじて溶けてなかった。スプーンですくうと、ふんわりバニラの匂いが立ち上がった。コマさんはワクワクしながらアイスを待っている。ふと悪戯心がわき、手にもったスプーンをコマさんの口元へと運んだ。


「はい、あーん」
「え、え?!さすがに恥ずかしいズラ…」
「大丈夫大丈夫!誰も見てないよ、あーん」
「あ、あーん」


恥じらいつつ、アイスを待つコマさんはとてもかわいらしい。後で頭を撫でてあげよう。そうしよう。幸せそうにアイスを頬張ったコマさんは、ごくんと飲み込んだあと、さらに顔を輝かせた。


「もんげー!美味いズラ!」
「良かった。ほらほら、もっとお食べ〜」
「でもあんまりオラが食べると七海の分が無くなっちゃうズラ」
「大丈夫だよ。これね、新商品で通常より10パーセント増量なんだって。だから半分こでちょうどいいの」


ほらね、とアイスの蓋を見せる。ほんとズラ!とコマさんは嬉しそうに笑った。
再び「あーん」とアイスを食べさせてあげれば、今度は恥じらうことはなかった。


「人間ってすごいズラね!こんなに美味しいものを簡単に作れるズラ!元気出たズラ!」
「うんうん。元気が欲しいときは甘いものだね!」
「うん!もんげー元気出た!七海のおかげズラ!」
「んふふ、良かった!」


コマさんはすっかり元気になったようだ。にこにこしている彼を見ると、私もにこにこしてしまう。結局アイスは一人占めにならなかったけど、やっぱり、誰かと一緒に食べた方が美味しいや。


「七海!ありがとうズラ!」
「どういたしましてズラ!」


ぐりぐり頭を撫でて、私たちは笑う。
コマさんが何で落ち込んでいたのかはわからなかったけど、元気になったらそれでいい。

落ち込んだら、また一緒にアイスを食べよう。

にこにこしているコマさんに、心のなかで呟いた。



私の手元にあるアイスは、ゆっくり少なくなっていった。