未知との遭遇

「ね、七海!今日カラオケ行こうよー!」


本日最後の授業が終わったと同時に、仲良しのみっちゃんが声をかけてきた。後ろにもいつもお昼を一緒にいるメンバーがいる。「久しぶりに行きたいよねって話になってさ!」とみっちゃんがいうと、他の子達も「そうそう!」と口々に頷いた。私もカラオケ行きたい!!でも。


「ごめん…今日バイトだ…」
「えー!また?七海最近シフト入れすぎじゃない?」
「うん…今あまり人がいなくてね」
「それなら仕方ないか…って、七海。携帯鳴ってるよ」
「え?うそ?」


みっちゃんに言われて慌てて机の上をみると、確かに携帯がピカピカと光っていた。画面をみれば、『アッカンベーカリー』である。


「バイト先だ!」
「今日休みになっちゃったりしてー!」
「まさかー!まあいいから早く出なよ!」
「う、うん…」


まさか、そんなことはないと思うけど。私は画面をタップして携帯を耳におしあてた。ざわざわというノイズが聞こえて、すぐに店長の声がする。


「あ、七海ちゃん?ごめんなさいね、まだ学校だったかしら?」
「いえ、大丈夫です。どうかしましたか?」
「実はね、さっき珍しくパンが全部売り切れてしまって、今日はもうお店閉めることにしたの」

だから今日のシフトには入らなくていいわ。ごめんね!とのこと。

なんですと?


「明日もシフト入っていなかったら…次は明後日ね!急にごめんなさいね!」
「い、いえ〜ではお疲れさまでした…」


お店のパンがすべて売り切れたからなのか、店長は終始ご機嫌で電話を切った。そして目の前には期待を込めてこちらをみるみっちゃんたち。「なんだって??」


「バイト…なくなったわ…」


ら、ラッキー!
私のピースサインに、「うっそまじでー!やったじゃん!じゃあカラオケ行こー!ゴー!」とハイテンションだ。
まさか、こんなことあっていいのかと思うくらいのラッキーである。私も自然と口端が上がるのを感じた。これも私の日頃の行いがいいお陰でしょうか神様ありがとうございます、と天に祈ってしまうほどだった。


その後もラッキーは続いた。
カラオケではイケメン男性にハンカチを拾ってもらったり、オープン10周年で料金が割引になったり、帰り道に寄ったコンビニでは、売り切れ続出限定スイーツの最後の一つが残っていた。

何でこんなにツイてるんだ私!

普段よくも悪くも「普通の子」な私なので、こんなにもラッキーが続くと不安になってしまう。このあと事故にでもあったらどうしよ…。
一人歩く帰り道で、思わずキョロキョロと周りを伺ってみる。車は来ないか、バイクは来ないか、いつも以上に注意を払っていると、電柱の後ろで、ささっと影が走った気がした。さささっ。後ろを振り向く。ささささーっ!何、今の。…まさか。


「もしかして今日の私、ツイてるんじゃなくて憑かれてるのか…」
「そのとおーりー!」


きゅぴーん!と声がしたと思ったら、目の前に四つ葉のクローバーが乗ったヘビ…いや、妖怪がいた。
「えっと…きみは?」まじまじと見下ろしてみる。…結構かわいいかもしれない。


「僕はツチノコ!僕を見つけるなんてラッキーだね!」
「えっ…ツチノコって、あのツチノコ?妖怪だったの?」


幻の生物ツチノコ。それが妖怪なら、まず見つからないのは当然である。「そうだよっ!だから君は本当にラッキー!」というツチノコのとおり、妖怪が見え、なおかつ彼を発見した私は確かにラッキーなのかもしれない。


「ところで、最近妖怪たちの間で話題の七海ちゃんって君だよね?」
「私のこと、知ってるの?」
「もちろん!最近有名だもの」


妖怪たちの間じゃあ「いい匂い」がするって噂だよ。と、ツチノコが言う。そんな、何だかあまり嬉しくない噂だ。そういえば最近くしゃみが増えたような…って、それはただの気のせいか。


「確かに君はいい匂いがするよ!ついつい憑いていきたくなるな〜」


それって誉められているのだろうか。とりあえず「あはは…ありがとう」と返して、ツチノコにあわせるように膝を折る。「とりあえず…今日一日ラッキーをありがとう」とツチノコの頭を撫でれば、思いの外、ツチノコはそれが気に入ったようだった。クネクネ体を動かしている。


「ねえねえ、しばらく、七海ちゃんの近くにいてもいいかな?」
「え?私の?」
「そう!もれなくラッキーにしてあげるよ!」


どう?と首を傾げるツチノコは、文句なしに可愛いと思う。でもなあ。


「うーん…ラッキーにしてもらえるのは嬉しいけど…もう充分ラッキーをもらったから、とりつくなら他の人にしたほうがいいよ」
「えっどうして?ラッキーになれるんだよ?」
「何というか…ラッキーになりすぎると、ラッキーの効力が切れたとき辛そう…」


ラッキーに頼りすぎるのは、きっと良くない。というか、後々精神的に私が辛い!


「だからね、私よりもちょっとラッキーが足りない人に憑いてあげてよ」


きっと、それがちょうどいいのだ。

しかし、ツチノコは私の言葉を聞くと、ふるふる震えだした。え、どうしよう怒らせちゃった?


「…そ、そんなこという人に初めて出会ったよ…!自分よりも他人の幸せを願うなんて…!!」


「僕は今、猛烈に感動している…!」うおおおと雄叫びをあげるがごとく、ツチノコが天を向く。そんな大袈裟な。そしてカッと目を見開きこちらを見ると、体を引きずって一歩近づいてきた。ずずい、と顔がこちらに向かって伸びてくる。


「僕、やっぱりしばらく七海ちゃんの側にいることにするよ!」
「え。」


ちょっと。話聞いてた?


「大丈夫、七海ちゃんにはとりつかないよ!でも変わりに七海ちゃんの周りの人をラッキーにしてあげる!」
「本当?」
「うん!だからしばらく後をついてくね」


それなら、まあ、いいか。周りの人がラッキーになれば、人間関係もうまくいくことが多いだろうし。「わかった。それならいいよ」と言えば、ツチノコは嬉しそうに笑った。


「よろしく、七海ちゃん!」
「うん、よろしくね」


ツチノコのクローバーを撫でて、私も笑う。
しばらくはまた賑やかになりそうだ。
そう思いながら、帰路についたのだった。


その後、私の周りに、ラッキーが蔓延ることになる。しかもことごとく幸せになっていくので、いっそ清々しいほどだった。
そのせいか、「七海の近くにいれば幸せになれる!」というジンクスまでできてしまい、しばらくの間、私の周りには人が絶えずいたのは、また別の話。

ツチノコの力恐るべし。