やる気スイッチ

「んあー寒かった…疲れた…やる気でない…」


学校から帰ってきて、まず私のやったことといえば、リビングのソファにダイブするということだった。ボフッと勢いのいい音がしたが、気にしない。だって疲れたんだよ…今日体育あったし。それに外寒かったし。
ソファに額を擦り付けて、大きく息を吸う。それから吐き出そうとしたら「姉ちゃんお帰りー!」「ぐえっ?!」襲撃にあった。腰にドスンと体重がのって、そのまま背中をぐりぐりされる。景太だ。


「ちょ、ケータ…!重い…!」
「姉ちゃんベッド最高〜」
「いや、私ベッドじゃないから…重たいから早くどいて!」


「このまま落とすよ!」と言えば渋々ながら背中から景太は降りる。小学五年生の体重ってどれくらいあるのかな。わからないけど重かった。あの子、絶対全体重預けてきたよ…。
更には「姉ちゃん構って構って〜」と、私をゆさゆさ揺さぶってくる始末である。
その仕草はかわいいけど、でも私は疲れているんだ。ただ、「また今度ね〜」と言ってみたところで、もちろん許してくれる弟ではないだろうけど。


「んもー!起きてよー!」
「無理〜今だるだるなの、私」


埋めていた顔を横にずらして、景太を見上げる。むっと口を尖らせていたが、手を伸ばして頭を撫でてやれば、すぐににっこり笑ってくれた。我が弟ながら、チョロいな。


「…そういえば、姉ちゃんがこんなところでダラダラしてるの珍しいね!」
「ん〜今日体育あったし疲れたんだと思う。でも宿題やらなきゃ…ああやる気でない」


もう一度ソファに顔を埋めて「あー」「うー」と唸ってみた。しかし一向にやる気はやってこない。明日の英語の授業、私当たるんだよなあ…宿題やっておかないとなあ…でもやりたくない。私のやる気スイッチどこにあるの?誰か見つけてー。


「姉ちゃん、そんなにやる気でないの?」
「うん、出ない。まーったく!」
「じゃあ俺に任せて!」


景太はそういって再びにっこり笑うと、徐にポケットからメダルを取り出した。その絵柄は、メラメライオンだ。なるほど、メラメライオンの力ならやる気も出るかもしれない。「出てこい、俺の友達!メラメライオン!」景太の召喚に応えたメラメライオンは、すぐさま姿を現してくれた。


「メラッ!メラメラァッ!」
「メラメライオン、久しぶりだね!」


ソファにだらけたままの私だが、メラメライオンは気を悪くすることなく片手をあげてくれた。炎のたてがみが、ゆらゆら揺れている。猫が大好きな私は、猫科のライオンももれなく好きだ。なのでメラメライオンも可愛すぎて仕方ない。景太の時と同じように、だらけたまま手を伸ばして、メラメライオンの頭を撫でる。気持ち良さそうに「メラ〜」と目を細めるので、ますます猫科の彼が愛おしくなるのだった。


「メラメライオン!姉ちゃん、何だかダルくてやる気出ないんだって!ちょっとやる気を入れてあげてくれない?」
「メラッ!メラメラァッ!」


メラメライオンは大きく頷くと、拳を構えた。「メラメラァッ!メラッ!」って、何、やる気マックスにしてやるから任せろだって?さすがにやる気マックスにはしなくていいよ!「ガンガン宿題やろうぜ!」なんて言う私、私のキャラじゃないもの。


「あのね、メラメライオン、できれば少しだけ入れてくれるといいなあ。少しだけ!」
「メラ?メラメラ?」
「うん、マックスに入れちゃったら私燃えちゃうわ。消炭になっちゃう」
「メラ!メラメラ〜」


メラメライオンがぽん、と手を叩く。炭になったらオレが困るって。


「あはは。そうでしょ?だからちょっとだけがいいなあ。いい?」
「メラ!メラメラァッ!」
「ありがとう!助かるよ〜!メラメライオンってば本当素敵だね!」
「メラ〜メラメラァ〜」
「はは、照れてる!かわいいー!」


頬を染めて、メラメライオンが体をくねらせた。ああ、ほんと可愛いなあ。しかしそうやってメラメライオンの可愛さにほくほくしていると、「あの、ちょっと待って姉ちゃん!」と景太からの制止がかかった。


「ん、何?どうしたの?」
「メラ?」
「姉ちゃんメラメライオンの言葉わかるの?!」


「メラメラ〜としか言ってないのに?!」愕然とした様子で詰め寄ってくる。何を今さら。そりゃわかるでしょ。メラメライオンわかりやすいもの。ねえ、メラメライオン?


「メラ!メーラメラ!」
「うんうん、そうだよね〜」
「ちょ、姉ちゃん!?今メラメライオンは何て言ったの?!」
「え?だから、『オレと七海はガチ友なんだから当然だ!』だって」
「えええ?!そんなこと言ってるの?!」
「メラ〜メラメラァッ!」
「『ついでにオレは七海が好きだ!』だって〜もー!メラメライオンってば!可愛いなあ!私も好きだよ〜」
「はあ?!ちょっと?!」
「メラ〜」
「また照れた!可愛い!」


今度は頬を染めて、メラメライオンが頭をかいた。んもー!どこまでツボをついてくるの、この子ってば!そういえば、何かメラメライオンと話してたらやる気出てたな。というか、ダルさが抜けて元気でた。これなら宿題もできそうだ。


「メラメライオン、私ちょっとやる気出たよ!ありがとう!」


ソファから起き上がって、背伸びをする。ぐっと伸びた背筋が気持ちいい。さっさと宿題片してしまおうと思うくらい、今の私はやる気に満ちていた。

「メラ?メラメラ?」オレは何もしてないってメラメライオンが不思議そうに見上げてきたけれど、そんなことないんだよ。

私はにっこり笑うと、「メラメライオンと話してたら元気でたんだ!ありがとう!」と、メラメライオンの脇に手を入れて抱き上げた。お礼を込めて、そのままぎゅっとハグをする。あ、メラメライオンって温かいんだなあ。


「あー!ちょ、姉ちゃん?!メラメライオンずるい!」
「メラメライオンって温かいね〜」


すりすり頬を寄せてみれば、柔らかいたてがみが、気持ちよかった。ジバニャンも抱き心地は抜群なのだけど、温かくはないから、こういう寒い日にメラメライオンは最高だと思う。「メラアッ!メラメラー!」え?何、恥ずかしいって?


「あはは。いいじゃんいいじゃん。あ、そうだ一緒に部屋に来ない?宿題終わるまで付き合ってくれないかな?」
「メラ…?メラ!」
「いいの?ありがとう!よし、じゃあ部屋行こうか!」
「メラアッ!」
「あ、ちょ?!姉ちゃんんんー!?」


さあ、 宿題をさっさと終わらせてしまおう!

メラメライオンを抱いたまま、私はリビングを後にする。後ろで「姉ちゃんー!」と景太が何やら叫んでいるけれど、いつも構ってあげてるのだし無視でいいだろう。


「よーし!宿題やるぞー!」
「メラー!」


二人同時に拳を突き上げる。腕の中のメラメライオンはとてもあったかくて、心の中までほくほくだ。

どうやら私のやる気スイッチは、メラメライオンが見つけてくれたらしい。


「メラ!メラメラァッ!」
「うん、終わったら一緒に遊ぼうね!」


その後私の宿題が捗りに捗ったのは言うまでもない。それから、景太がものすごーく拗ねていたということも。